- #1
- #2
Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
「私は独自のアイデアを持っていた」オシムの代名詞“走るサッカー”の本当の意味とは?「個人の走る能力は、羽生は別にして、佐藤勇人も阿部も平均以下だった」
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph bySports Graphic Number
posted2022/05/18 06:01
ジェフ千葉や日本代表の監督として、日本サッカーに多大な影響を与えたオシム氏
たしかにジェフの選手はずっと走っていたが……
運動量を前面に押し出すのは特別なことであり、ジェフの選手は個の能力に欠けるから走力で補おうとしているというのが、一般的な見方だった。オシム自身が質と量を対概念として捉えず、質を別の言葉――戦術的ディシプリンやコレクティビティ――に置き換えて語っていることも、誤解に拍車をかけた。
たしかにジェフの選手はずっと走っていた。しかし、本当に量だけの問題なのかと、江尻は当時から疑問を感じていた。
「動き出しの早さであったり、いつ、どこに、どう動いていくか。それは量よりも質の高さではないか。そのタイミングや判断が良かったから、量が多いように見えたのではないか。実際に質を高めるためのトレーニングを、試合に出てくるさまざまなシチュエーションを設定しながらやっていました」
練習で状況設定のために使うビブスの色は8色にもおよんだ
質が上がれば、それだけでプレーに躍動感が生まれる。全員が瞬時に同じ判断をして、運動しながらそれぞれの役割を果たせば、ピッチを幅広く使ってさまざまな変化を作り出せる。スペースを狭めてDFブロックを固める相手を、分散させることもできる。
練習で状況設定のために使うビブスの色は8色にもおよんだ。30人の選手がそれをポジションや役割ごとに変えて使うため、組み合わせは無限大になる。そのすべてをオシムは頭のなかで瞬時にイメージしながら、無数の異なるシチュエーション――そのひとつひとつに意味がある――を作り出して、選手たちの判断力を鍛えた。個別の指示も、具体的で細かかったと江尻は言う。
「たとえば崔龍洙やサンドロが相手と1対1の状況を作るために、カバーリングの選手を剥がす変化を羽生に作れと言うのですが、長い距離を走れとか斜めに走れ、この選手を視野に入れながら走れといったように、細かく要求していました。また、動きすぎるなともよく言っていた。そこは止まっておけと」