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「私は独自のアイデアを持っていた」オシムの代名詞“走るサッカー”の本当の意味とは?「個人の走る能力は、羽生は別にして、佐藤勇人も阿部も平均以下だった」
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph bySports Graphic Number
posted2022/05/18 06:01
ジェフ千葉や日本代表の監督として、日本サッカーに多大な影響を与えたオシム氏
オシム「私は独自のアイデアを持っていた」
それまで日本では、守備に関してはコレクティブな連動が当たり前だった。ボールを奪うために、失点しないために、チームメイトをカバーする。献身的に走り、ボールを追いかける。だが攻撃においては、せいぜい基本形といくつかのバリエーションを持つ程度で、そこまで具体的な共通意識をチームに植えつけようと試みたことはなかった。世界の歴史を紐解いても、アヤックスやディナモ・キエフなどのトータルフットボールで見られたぐらいだろう。オシムは言う。
「私は独自のアイデアを持っていた。ボールを失わず、質の高いコンビネーションを発揮するスタイルだ。そのために個人主義のサッカー、エゴイストのサッカーを回避し、コレクティブな本物のチームを作る。今日のバルセロナのように5、6人が一度に連動して、ひとつの有機体として機能するチームだ」
なるべく走らないというのが、バルセロナの哲学だ。全員が効率よく動けば、ひとりが走る距離は短くとも、複数のパスコースができる。DFブロックに綻びが生じて、さらにスペースに入り込める。
「羽生は別にして、佐藤勇人も阿部も村井も平均以下」
ジェフも「個人の走る能力は、羽生は別にして、佐藤勇人も阿部も村井慎二も、みんな平均以下なんです」と江尻は明かす。
「クーパー走(12分間で走れる距離を測定する)では3200mが目標なのに、阿部は2800mぐらいしか走れない。あれだけ走っているように見える勇人でも、せいぜい3000mです。当時、オシムさんには『選手には絶対に言うな』ときつく言われましたが」
「走る」ことの実態が、量の問題でないことはもはや明らかだろう。それはオシムが言うように「欧州のトップクラブでは誰もが普通に行なっているスプリント」であり、戦術的ディシプリンに基づいた必然的かつ基本的なプレーでもある。「走る」ことの真の意味とはそういうことだった。