甲子園の風BACK NUMBER
《初のセンバツ4強》國學院久我山の元エース左腕はなぜ“データ分析”の世界へ? “練習2時間”の野球部で得た「考える習慣」と「疑問」
text by
市川忍Shinobu Ichikawa
photograph byRyota Morimoto / Taichi Chiba
posted2022/03/29 11:06
センバツ4強入りを果たした國學院久我山高校。同校のOBでエースを務めた森本さんは、現在アナリストとして野球界で活躍している
ただし、新しい道を開拓する者には、えてして風当たりも強い。特に森本さんがネクストベースに入社した2017年当時は、まだ業務内容が理解されず、球団や選手から敬遠されてしまうケースもあったという。
「チームに講義に行った際には、最初は『誰だ?』という目で見られることが多かったのですが、徐々にデータに対する現場の考え方が変化しているのは肌で感じます。僕がこの仕事を始めた頃は、データ分析やピッチデザインは本当に一部のトップ選手のためのものという印象を抱く人が多かったかもしれません。でも今は若い選手を中心に、データを使ったパフォーマンス向上に興味を抱いてくれる選手が増えました。同時に、ベテランの投手やコーチの中にも『これからは、こういうものを勉強しないと駄目だよね』という風潮が生まれてきていることも嬉しく感じます」
森本さんらも理解してもらうために努力した。「何かを売りに来た」と警戒されないよう、あえてスーツは着ずにジャージ姿で選手と接したり、話しやすい雰囲気作りに励んだという。データ分析が与える影響を説明する機会を得るために、地道に人脈を作ってきた。
「本当に少しずつですが、球団とかにデータの講義に行くと、前のめりにメモを取ってくれる選手やコーチが増えている。それは間違いないですね」
ただし、データ分析の必要性を知ってもらう努力はまだまだ今後も必要だと語る。
「警戒される原因の一つに、僕らの役割がチームの誰かの仕事を奪うのではないかと誤解してしまう人が多いことが挙げられると思います。一般的な社会でも、よく『AIに仕事を奪われるんじゃないか』という話題になりますよね。自分の存在価値がなくなる恐れを感じて、排他的になってしまうところもあると思う。でも、僕は絶対にそうではないと思っています。コーチの専門的な指導を補助する役割で僕らが入れば、より効率的に新しい球種を覚えることができる。コーチの皆さんのプロフェッショナルな仕事を、有機的にリンクさせるための必要な道具としてデータや、それを扱う僕たちの存在意義があるんじゃないかなと思っています」
それぞれに見合った“カルテを作る”
森本さんが選手たちによく話すのは「データでテストをして選手を振り落とすわけではない。あくまでカルテを作るようなものだ」ということ。カルテが一人一人の患者に対して作られるように、データ分析も、その選手に必要な情報や課題を明確にし、よりよい解決策を提案するためのツールなのである。その過程において選手とコーチのコミュニケーションをより効率よく、潤滑に進めるためにアナリストは存在していると森本さんは語る。
同時に、大切にしているのは、その選手の置かれた立場を把握し、最適な道を提案することだ。
「中学生や高校生、そしてまだ入団したばかりの将来のある投手であれば、その投手が目指すべき将来像を示し、最大限、力を発揮できるような道を探します。ただ、契約しているプロ野球選手の中には育成契約の人もいて、この1年が勝負、今年結果を出さなければ解雇される、と時間が限られている人もいる。そういう投手に対しては、すぐに戦力になれる武器を作ることや、早期に結果を出しやすい方法を提案することもあります」
選手によってはチームでの立ち位置が全く異なるため、用意する処方箋もそれぞれ変わってくる。