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《初のセンバツ4強》國學院久我山の元エース左腕はなぜ“データ分析”の世界へ? “練習2時間”の野球部で得た「考える習慣」と「疑問」
text by
市川忍Shinobu Ichikawa
photograph byRyota Morimoto / Taichi Chiba
posted2022/03/29 11:06
センバツ4強入りを果たした國學院久我山高校。同校のOBでエースを務めた森本さんは、現在アナリストとして野球界で活躍している
アナリスト業に就くに当たり、森本さん自身、自身がプレーヤーだった際に経験したことが大きく関わっていると語る。
進学校で文武両道を掲げる國學院久我山は、勉学にも時間を割くため練習時間が約2時間と短い。練習場所も学校の校庭をサッカー部と分け合って使用するため、選手たちは限られた中で効率よく練習することが求められる先進的な校風だ。
「成績が悪かったら試合に出られなかったので、野球のことも勉強のことも、自分で考えて行動しなければいけませんでした。いわゆる“みんなでアップする”みたいな時間もあまりなかったので、必要なウォーミングアップを各自で済ませていましたし、バッティング練習も当時は週1〜2回。ピッチャーも投げられる人数が限られていたので他校に比べると投げ込む量も少なかったと思います。今となっては、(投げ込みは)もう少し必要だったかなと思うぐらい(笑)。でも下級生から試合で投げていましたが、肩も肘も怪我することはなかったですね」
高校時代から“自立”が求められる環境だったことは“考える習慣”が染み付くことに役立った。だからこそ、当時から疑問も多かった。
「自分が野球をやってきた中で、練習方法や野球の定説と呼ばれる事柄について『これはどうなんだろう?』『ちょっと違うんじゃないかな』と感じる場面は多かったですね。でも当時は正解を知らないまま練習を続けていたわけです。指導者の言う通りに練習しているけど、それの練習にどんな効果があるのかわからないという違和感ですよね」
そういった経験をし、大学院で学ぶうちに、その違和感を解決し、最短距離で選手が上達できるようアスリートの手助けをする仕事の面白さに気付いた。
「現役の時に今の知識があれば…(笑)」
「僕も学生時代までは『変化球は大きく曲がればいいもの』だと思っていました。でも、決して全てがそういうわけではなくて、変化が大きければ球速が落ちるとか、投手によっては曲がりが大きいことが良いわけではない人もいる。それはこの仕事をして学びました。意外と、ちょっとしか変化しないボールも打者にとっては効果的だったのだと考えると、自分が現役のときに今の知識があればよかったなと(笑)。知っていればよかったなって思うことも多いです」
その経験の積み重ねを今、アナリストとなって選手に伝えている最中だ。