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「ウクライナのためなら死んでもいいと詠った詩だ」サッカー界の“英雄”シェフチェンコが筆者の前で暗誦した“祖国の詩”
text by
高山文彦Fumihiko Takayama
photograph byGetty Images
posted2022/03/11 17:03
2006年のワールドカップにウクライナ代表として出場した際のシェフチェンコ。現在は祖国への支援を呼びかけるなどの活動を行っている
これがウクライナ語による文学表現の体系化につながり、彼の詩集をうけとった祖国の人びとは、ようやく母語の奏でる勇壮にして悲壮な魂の調べ、すなわち民族的アイデンティティを獲得していった。
祖国を離れ、5、6年たっていたのではないだろうか。アンドレイの口からよどみなく流れ出る詩の言葉を、私は驚きとともに聞いていた。
「タラスの詩は何篇も読んだよ。教科書にも載っている。知らないウクライナ人はいないよ」と彼は言った。はじめのうちはイタリア語で吟詠していたのだが、「ああ、やっぱり母国語じゃないとちゃんとできないな」とことわって、ほかの詩まで吟詠しようかと言い出した。
「僕にとって故郷は、とても大切なところだ。自分と強くつながっているところ。家族、友達……ウクライナは故郷以上のものなんだ。いま故郷は僕を必要としている。そのことを強く感じる。サッカー選手としてだけじゃなく、一個の人間として僕を必要としているんだ」
ウクライナとは「故郷へ帰れ」の意
こうして彼の言葉を書き写していると、そのまま2022年3月現在の告白ではないかと思えてくる。
アンドレイがそうであるように、ウクライナの人びとはタラスの詩の数々を自分の心として子供のころから吟詠してきている。ロシア語の排除がおこなわれ、第二外国語に英語をおいた現在の彼らの国において、第一言語である母国語による教育は西へ西へと心をひらきながら、民族の栄光と悲嘆を詠いあげるタラスの詩の数々を共同のトポスとして国民に根付かせてきたわけである。
ウクライナとは「辺境」の意だと検索サイトにはあるけれど、日本留学から帰国してまもないキエフの若い女性通訳によれば、「故郷へ帰れ」なのだという。「ウは“どこへ”、クライナは“国”。だから私たちウクライナ人は“帰るべき故郷”“帰りたい故郷”というふうにとらえています」
豊かな黒土の大地、豊富な地下資源に恵まれた無窮のこの大地は、そのために幾度も他民族や他国に蹂躙され、大半が農奴として働かされ、虐殺も数知れない。独立と自由と民主主義を打ち立てようとするのは、彼らにとって宿命と言ってもいいだろう。このようなウクライナが、いまさらプーチンごときで引くはずがない。