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「弱音を吐いた瞬間に落っこちてしまうと思っていた」曺貴裁53歳の告白《パワハラ騒動と謹慎期間の1年2カ月》
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byKYOTO.P.S.
posted2022/02/25 17:00
昨シーズン、京都サンガF.C.の監督に就任した曺貴裁。11年J2に停滞していたチームを1年でJ1昇格へと導いた
「昨年に現役を引退した(大久保)嘉人が、とあるインタビューで『気性の荒い大久保嘉人を演じていた』と話していたのを読みました。……すごく気持ちが分かります。自分の場合は、最初から監督として湘南のすべてを引っ張っていかないといけないと思っていたわけではなくて、自然にそうなってしまった感じでした。例えばお客さんが増えないのは自分のサッカーに魅力がないからじゃないか、新人選手が湘南を選ばなかったのは自分の指導に魅力がないからなんじゃないか……それら全部を自分の責任にしていた。そのくらい湘南に対して責任感を持っていました。
その責任の重さと自分自身への不安感を振り払うために、“強い監督”というキャラクターになろうとしていたのかもしれない。当時は士気を高めるためにも、その方がクラブにとって有益になると思っていました」
「当時は“すぐに言うこと”が僕にとっては正義でした」
監督は現場の最高責任者であるが、だからといって精神的に強いわけではない。こんなんじゃダメだなと思っても、周囲に弱気な姿勢は見せられない場面は多い。曺の言葉からは常に気を張っていた様子がうかがえる。
「自分が『ダメだ……』と弱音を吐いた瞬間に、自分の立っている場所の底が抜けて落っこちてしまうとも思っていました。とにかく色んなことを考え過ぎて、よく寝られたことはなかったですね」
往々にして“監督”という職業は孤独に陥りやすい。誰よりも結果を求められるポジションでもあるかもしれない。
「孤独を感じるのは監督だけじゃないと思いますよ。生きていれば誰でも感じることはあると思います。だけど、試合でうまくいかない、結果が出ない、采配がうまくできない時に、他の誰かに責任を転嫁するのではなく、それを受け止めて進んでいくのが監督の仕事だと思うんです。ただそういう時って物事の見方が狭くなっているので、つい思ったことを口に出してしまう。湘南の時はまさにそうでした。
当時は“すぐに言うこと”が僕にとっては正義でした。でも今は選手やスタッフに対して思ったことはすぐに口に出さずに一度、自分の中のフィルターを通すことにしています。1つのことを一視点で見るのではなくて多面的に時間をかけて見直してみる。その上で、どうしても言わないといけない時は、さらに言葉を選んで伝えます」
新幹線のような“流れるチーム”に憧れてきたはずなのに
指導者としての人生を振り返った時、曺は「トップスピードで走ってきた」という。そして、ある人から聞いた話が腑に落ちた。
フランスを走る高速鉄道・TGVは田舎道を走る。それは、先頭の機関車が後続車両を引っ張って進んでいく動力集中方式なので、騒音が大きく市街地を避ける必要があるからだ。一方で、日本の新幹線は動力分散方式で各車両がそれぞれに動力を持つため静かで、街中を速く走ることができる。