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25歳で「クビになる可能性」を意識した脱臼から復活… 関根大気が“DeNAの粘り役”になれたワケ【3月に入籍】
text by
石塚隆Takashi Ishizuka
photograph bySankei Shimbun
posted2021/04/12 11:02
関根大気はDeNAで生き残るため、日々努力し続けている
「クビになる可能性はあるなと思って」
「じつは昨年の秋は、クビになる可能性はあるなと思ってプレーしていたんです」
プロ野球選手のリアル。正直に関根は真摯な表情で言った。しかしそこには自嘲するようなニュアンスは一切含まれてはいなかった。
「そう考えていても、変わることなく1日1日、1打席1打席を集中して積み重ねることができたし"心の強さ"という意味では学ぶことの多かった時期だったと思います」
手術を勧められる中で保存治療を選んだ
じつは右肩の脱臼に関し、大きな決断があった。球団からは早急の手術を勧められた。何でも手術をしなければ再脱臼する可能性が非常に高くなるとのことだった。ちなみに関根は2016年にも右肩を脱臼している。懇意にしているチームのトレーナーからも「手術をしないという選択は絶対にありえない」と強い口調で言われた。
しかし意外にも関根は手術することなく保存治療を選んだ。再発のリスクを背負っても自分のなかに引けない部分があった。
「手術をすれば3カ月は復帰できません。僕としては再脱臼しないとしても、その3カ月を嫌いました。復帰時期は9月後半になり、そんなケガ明けの選手が一軍に行けるかといったら、僕は行けないと思いました。難しい道でありリスクを抱えながらですけど、脱臼をしないためのトレーニングをしながら、手術をすることなく1カ月半で復帰することを選んだんです」
早々の試合復帰は周囲を驚かせたが、前述したように関根は一軍昇格を逃している。ただ、この早期復帰は、関根にとって打席を重ねるという意味で大きな意味を持つことになった。ファームでは最終的に打率.301、出塁率.427と高アベレージを残している。
「脱臼してからボールが上がらなくなったのですが、その中で自分はどうしたらヒットが打てるのか、または打席で粘るなど出塁する方法をいろいろ考えて実践したんです」
ファーム時代の三浦監督から聞いていた言葉とは
そんな病み上がりの関根の悪戦苦闘を一部始終見ていたのが、当時ファームを指揮していた三浦大輔監督だった。
ファーム施設のDOCKで、関根は三浦監督からよくこんな言葉を聞いていたという。