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“呪われたIWGP”が持つロマン。
プロレス界の栄枯盛衰を映す鏡。 

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原悦生

原悦生Essei Hara

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posted2020/06/29 11:00

“呪われたIWGP”が持つロマン。プロレス界の栄枯盛衰を映す鏡。<Number Web> photograph by Essei Hara

決着をつけるべく、IWGP優勝戦での二度目の決戦となった猪木vs.ホーガン戦だったが、またもやうやむやに。

新日の至宝にして世界にも通用するIWGP。

 21世紀に入ると全米はWWFの時代になった。

 WWFは2002年にその名称をWWEに変更して、WCWからNWA時代を含むすべての映像の権利も買い取って全米のプロレス・エンターテインメントを完全制圧した。

 一方でタイトル化されたIWGPヘビー級王座は新日本という日本のリングで生き延びていた。

 猪木の後、藤波辰爾、ビッグバン・ベイダー、ソ連のサルマン・ハシミコフと続いた。長州力、武藤敬司、橋本真也、蝶野正洋らもベルトを巻いた。IWGPはドーム興行を含めてビッグマッチに欠かせない必須のアイテムだった。IWGPは天龍源一郎や、ブロック・レスナーも歴代王者に名を連ねている。

MSGでのIWGP王座戦に再び“呪い”が!?

「暗黒の時代」と呼ばれる低迷期には、猪木色を取り払おうとした新日本だったが、幾多の伝説を残したIWGPというブランドとは運命共同体というスタンスを取った。ベルトは棚橋弘至、中邑真輔、オカダ・カズチカらに受け継がれた。

 オカダは2019年4月、マジソン・スクエアガーデン(MSG)でIWGPヘビー級選手権に挑戦して王座を取り返した。形は異なるが「MSGでの決勝」というIWGP構想から実に39年が経過していた。当時を知るものにとっては、ようやくここまでたどり着いたという思いだ。

 現在の第70代IWGP王者は内藤哲也だ。1980年のIWGP構想から40年が過ぎた今年は、内藤が順調に行けば8月にMSGでIWGPの王座防衛戦を行うプランだった。

 だが、新型コロナウィルスのパンデミックで8月のニューヨークMSG大会は延期を余儀なくされた。そればかりか日本でも試合は行われず、内藤は2月9日に大阪で初防衛戦を行っただけであった。

 それでも、やっと6月15日から無観客試合が始まって、ついに内藤の2度目の防衛戦が決まった。内藤はジャパンカップの優勝者と7月12日、大阪城ホールで、定員の3分の1である3500人の観客という特異な環境の中で戦う。

 かつて「呪われたIWGP」と呼ばれたベルトは予期せぬコロナウィルスの猛威に巻き込まれたまま、コロナとともに次の新しい歴史を刻むことになった。

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