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<龍角散presents エールの力2024④>母が掛けてくれた「ありがとう」の言葉。村上茉愛は声援の力でメダルを手にした。

posted2024/07/08 11:00

 
<龍角散presents エールの力2024④>母が掛けてくれた「ありがとう」の言葉。村上茉愛は声援の力でメダルを手にした。<Number Web> photograph by AFLO

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矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

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 2021年夏、東京での大会で、日本の女子体操選手として史上初の個人メダルとなる種目別ゆか銅メダルを獲得した村上茉愛(まい)さん。現在は指導者として活動する村上さんが現役時代に声援の力を心から噛みしめたのは、2017年にカナダのモントリオールで行なわれた世界選手権だった。この大会の種目別ゆかで日本女子として63年ぶりの金メダルを手にした村上さんは、母・英子さんと涙の抱擁をかわし、喜びを分かち合った。

「2万人近い大観衆の会場で聞こえた母の声援は今も忘れられません」

 村上さんの国際大会に母の英子さんが初めて現地応援に行ったのは、前年の2016年にブラジルで開催されたリオデジャネイロ大会。会場ではブラジルの公用語であるポルトガル語に加え、英語、スペイン語、中国語などなど、数多くの言語が飛び交っていた。

「試合では観客の皆さんが応援してくれているのが分かって、すごくありがたかったです。ただ、それでも日本語が聞こえるとやはり落ち着きますし、なおかつそれが母の声だと安心します。地球の反対側まで来てくれたのもすごく嬉しかったですね」

 しかし、試合結果で言えばリオでは思うような演技をすることができず、それが心残りだった。だからこそ経験も実力も上乗せして臨んだ1年後のモントリオール世界選手権では、村上さんも英子さんも気合がさらに高まっていた。

「母は『村上茉愛』の名前入りのタオルを作って、頭に鉢巻きをまいて応援してくれたんです。世界大会では日本選手団の母親や父親が一緒に固まって座っているんですけど、自分の子どもの番になると、母が立ち上がって『茉愛、ガンバー!』と言ってくれる。私は観客をしっかり見るタイプ。いつもお母さんどこにいるかな、と探して手を振っていました」

 2017年モントリオール世界選手権で村上さんは女子個人総合の予選を堂々の首位通過。決勝でも1種目目の跳馬、2種目目の段違い平行棒で高得点を連発し、波に乗っていった。

 ところが、3種目目の平均台で痛恨の落下となってしまった。気持ちを切り替えて臨んだ最終4種目目のゆかでは全体トップの点を出したものの、合計点で3位のロシア選手に0.1点及ばず、4位。表彰台を逃したどころか、平均台の落下による減点がなければ金メダルにも手が届いていたほどの大接戦だった。取材エリアでは「結果が悔しいという思いもあるけど、プレッシャーの中で実力を発揮できない自分が悔しい」としゃくりあげて泣いた。

母からの「ありがとう」に感情が抑えきれなくなった

 しょげて涙をこぼす村上さんを慰めたのは母。種目別決勝までの数日間に家族と会える時間があり、一緒にスーパーマーケットに行ったり外食したりしながら気持ちをリフレッシュさせていった。

 そして迎えた種目別ゆかの決勝。モントリオールの会場は客席の照明を落としてフロアだけにライトが当たる演出だったため、試合中は母がどこにいるのか探せなかったが、金メダルが確定して一瞬だけ会場が静かになっていたタイミングでようやく姿が見えた。3階席で立ち上がり、大きな声で「茉愛、おめでとう!」と叫んでいる母がいた。

 心に残っている言葉はそれだけではない。会場を出てから母と会い、抱き合って喜び合ったそのとき、ハッとさせられる声を聞いた。それは「ありがとう」の言葉だった。

【次ページ】 「声援がないと、この緊張感をどこに……」

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