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トルシエが振り返る中村俊輔の一撃。
「日本の運命を変えたゴールだった」

posted2020/04/18 11:50

 
トルシエが振り返る中村俊輔の一撃。「日本の運命を変えたゴールだった」<Number Web> photograph by AFLO

1998年11月23日、U-21日本対アルゼンチン。中村俊輔のゴールが、トルシエにある決断をさせた。

text by

田村修一

田村修一Shuichi Tamura

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AFLO

 フィリップ・トルシエの電話インタビューを敢行したのは3月12日、新型コロナウイルスによる被害がここまで深刻化する前のことだった。前日に電話をすると、飛行機での移動があるから翌日に掛け直してくれという。

 事前にメールのやり取りで、「運命の1点」という今回のテーマは伝えていた。トルシエからの返答には2つのゴールが記されており、ひとつがU-21アルゼンチン戦(1998年11月23日)での中村俊輔のゴール、もうひとつが日韓ワールドカップ・チュニジア戦(2002年6月14日)での森島寛晃のゴールだった。

 ひとつを選ぶなら、中村のゴールであるという。ならばそちらだけ話を聞けばいいかと思っていたら、トルシエの方から森島のゴールについても話し始めて……。2つのゴールは彼のなかで、《始まり》と《終わり》という象徴的な意味を持っていたのだった。

 このインタビューはNumber1001号に掲載したが、紙幅の都合で載せきれなかった部分をここに公開する。

U-19ベトナム代表の監督として。

――昨日はどこに行ったのですか?

「ホーチミンの近くだ。そこで今もU-19の大会を視察している」

――国内の大会ですか?

「そうだが、選手選考のための準備だ」

――ウズベキスタン(10月14日~10月31日、AFC・U-19選手権。ハノイ近郊にあるPVFアカデミーのディレクターを務めるトルシエは、U-19ベトナム代表監督も兼務している)に向けてのですね。興味深い選手はいましたか?

「何人か見つけた。すでにグループは出来上がっているが、面白そうな選手たちを見出すことができた。3月20日までここで大会を視察する。20日にハノイに戻って、それから先はわからない。新型コロナがどうなるかだ」

【次ページ】 俊輔のゴールは日本の運命を変えた。 

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