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<日本卓球の至宝、覚悟の告発> 水谷隼 「世界の卓球界を覆う違法行為を僕は決して許さない」
text by
城島充Mitsuru Jojima
photograph byTakanori Ishii
posted2012/11/20 06:01
ルール違反を認めれば、卓球はスポーツでなくなる。
僕は5歳で卓球を始め、14歳でドイツへ渡りました。外国で生活するのは大変でしたが、多くの観客の前でプレーすることが楽しかったから耐えられました。卓球をするのが楽しいという気持ちが、僕の原点なんです。今、ラケットを振り始めたばかりの子どもたちにも、同じように楽しいと感じてほしい。でも、トップ選手たちによる不正を放置したままでは、胸を張って子どもたちに卓球を楽しんでほしいとは言えません。
日本の女子代表は五輪で銀メダルを獲得し、僕も世界ランクの上位にいます。そうした結果をとらえて「補助剤を塗ってもあまり変わらない」と指摘する人もいますが、それならなぜ、補助剤を塗り続ける選手がいるのでしょう。なにより、ルールに反する行為を認めてしまえば、それはもうスポーツではありません。
「日本選手も使えば、フェアになる」という意見もあるが……。
「体に無害なら、ルールを改正して補助剤の使用を認めてもいいのではないか」という意見も耳にします。「日本選手も使えば、フェアになる」と。でも、後加工を認めると、卓球はどんどん用具偏重の特異な競技になってしまいます。それに、もし今から補助剤が認められたら、僕は卓球をやめるでしょう。誠実にルールを守りながら、技術を磨いてきたこの4年間、19歳から23歳までの日々が無駄になるからです。
アスリートにとって、時間は命です。
もし、今回の行動でなにも変わらなければ、これまでと同じ気持ちで世界選手権やオリンピックを目指すことはできません。一刻でも早く、この問題に終止符が打てる日が来ることを願っています。
卓球という競技は、エスカレートする用具開発に歯止めをかけるルール改正を繰り返してきた。使用する用具の差ではなく、アスリートが心技体のすべてをぶつけて勝敗を競うというスポーツの本質から逸脱しないためだ。だが、補助剤の問題は明確なルールがありながらそれが守られていない点に、これまでとは違う闇の深さを感じてしまう。
今はこの問題を解決するために、自分がいるんだと思っています。
インタビューを終える直前、水谷隼は「自分は捨て石になってもかまわない」とも言った。だが、その覚悟の強さが、稀有な才能を孤立させることにつながらないだろうか。
そんな危惧を伝えると、さらに力のこもった言葉が返ってきた。
もちろん、協会をはじめ、いろんな人と協力してこの問題を解決していきたい。でも、仮に声をあげるのが僕一人になっても考えは変わりません。それは、卓球という競技を守るために、自分は正しいことをしているという確信があるからです。違う時代にプレーできていれば……と否定的に考えたこともありましたが、今はこの問題を解決するために自分がいるんだと思っています。