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高校生の“怪物”が北島を超えた!?
平泳ぎ・山口観弘の異常な「探究心」。 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byHiroyuki Nakamura

posted2012/09/24 10:30

高校生の“怪物”が北島を超えた!?平泳ぎ・山口観弘の異常な「探究心」。<Number Web> photograph by Hiroyuki Nakamura

記録が出にくいとされる屋外プールでのレースだったことに加え、2着の選手と5秒以上離れるという、ライバル不在の中での記録樹立は異例だ。

 そのタイムに対して、驚きと同時に「やっぱり」と、どこかそんな気持ちにも駆られた。

 9月15日、高校3年生の山口観弘(あきひろ)は岐阜県で行なわれていた国体の平泳ぎ200mで2分7秒01で優勝。ロンドン五輪でジュルタ(ハンガリー)が出した2分7秒28の世界記録を塗り替えた。

 たまたま出たタイムではない。

 山口は8月17日の高校総体200mで、ロンドン五輪なら3位に相当する2分7秒84で優勝。海外遠征から帰国した直後の29日の大会では、疲労をものともせず2分7秒57と縮め、世界記録まで0秒29に迫っていた。その活躍に、「世界記録を狙わせたい」(上野広治競泳委員長)という意向を受け、地元の鹿児島県志布志に帰らず、東京で調整して臨んでの世界記録更新であった。

志布志の市営プールで培った「探究心」が世界記録に。

 一挙に世界のトップスイマーの仲間入りをした山口の経歴は異色だ。山口は、5歳のとき、志布志ドルフィンクラブで水泳を始めたが、同クラブは自前のプールを持っておらず、市営プールを借りて練習していた。しかも小さな頃から指導にあたってきたコーチの大脇雄三氏は、獣医が本職で、指導が専門ではない。

 こうした環境にもかかわらず、山口は小学5年生のときに全国大会で優勝、中学でも日本一となるなど、世代ごとで常にトップクラスの活躍を見せてきた。

 おそらく、素質はあったのだろう。それにしても、決して恵まれていない競技環境にあって、どうして速くなることができたか。簡単に分析はできないが、山口の特徴をあげるなら、まずは「探究心」がある。

「小学5年生で優勝した頃から、オリンピックに絶対に行くと決めていました。そのためには何が必要かを考え、専門誌の『スイミング・マガジン』を読んだり、北島康介さんの映像を見ていいところを盗もうとしたり、自分で考えてやっていました。(環境面で)ほかの選手を羨ましいと思ったことはないですね。与えられた環境でやるだけだし、その分、1回1回の練習を大切にやってきました」

【次ページ】 飛躍のきっかけとなった平井伯昌コーチとの出会い。

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