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「落ちたら死ぬ可能性が高い」国内最難ルートを登ったクライマーが心臓病で死にかけて考えた「クライミングなしで70歳まで生きて、幸せか?」 

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寺倉力

寺倉力Chikara Terakura

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photograph byMiki Fukano

posted2022/12/31 17:11

「落ちたら死ぬ可能性が高い」国内最難ルートを登ったクライマーが心臓病で死にかけて考えた「クライミングなしで70歳まで生きて、幸せか?」<Number Web> photograph by Miki Fukano

プロクライマー倉上慶大。国内の最難ルートを次々に完登するなど、世界のクライミングメディアから注目される。2021年10月に心肺停止を経験、そこから復帰した

倉上 別の言い方をすると、クライミングをあきらめるという選択のほうが、後々後悔すると思ったんです。あくまでも自分の生命観の話ですよ。もしもクライミングなしで70、80歳まで生きながらえたとしても、それは果たして、自分にとって幸せな人生なのだろうかと。

――狭心症ということは今後も突然死の可能性がつきまとうと思います。そのリスクにはどう向き合っていくのですか。

倉上 リスクを受け入れるというのは、かなりの恐怖なわけです。でも、恐怖に対するとらえ方も、リスクに対する考え方も、すべてクライミングから学びました。もしもクライミングをやっていなかったらこうした判断はできず、迷わず除細動器を入れたと思います。

 ただ、除細動器も誤作動を起こすことがあるらしいんですよ。それにビクついて暮らすのも嫌ですしね。絶対に治らないと決まったわけではないし、もちろん、治るという保証もない。そこは五分五分だと思いました。だったら、後悔しない選択のほうがいいに決まっている。自分はそう判断して決断したんです。

「落ちたら死ぬ可能性がある」国内最難ルート

 倉上は恐怖心をコントロールする術に長けたクライマーだ。実際、彼が開拓して世間をアッと言わせた代表的な2本のルート、山梨県瑞牆山の「千日の瑠璃」(5.14a R/X)、長野県小川山マラ岩の「Pass it on」(5.14+ R)は、いずれも倉上が完登するまで数十年もの間、可能性のない岩壁と見られていたか、あるいは何人もの挑戦者を跳ね返し続けてきた。

  ちなみに、ルート名の後に続くカッコ内の数字はルートの難易度を示すグレード表記で、「5.14」は国内最難クラスを表し、その後に続く「R」「X」は危険性の表示。墜落した場合、Rは大ケガ、Xは死に至る可能性があることを意味している。このRとXが付くルートは数自体が非常に少なく、国内岩場のトポ(ルート図集)で探してもなかなか見つけられない。それにもかかわらず、倉上のルートどちらにも付いている。どれだけ危険と背中合わせのクライミングをしてきたかという証だ。

――倉上さんが開拓したルート、たとえばマラ岩の「Pass it on」は、80年代に始まった小川山ルート開拓の歴史のなかでも長く未登のまま、いわば「残された課題」じゃないですか。そこを自分なら登れると思ってチャレンジできたのはなぜですか?

倉上 まずは「千日の瑠璃」を完登できたという成功体験がありました。そこで以前から気になっていたマラ岩も試してみようと思ったのです。すると、相当難しかったのですが、核心部以外のパートは意外とすぐに登ることができた。

 あとは核心部のブランクセクション(手がかり足がかりが一切ない壁面)を、上からロープでぶら下がって調べてみると、かすかなホールドらしきものが見つかりました。これを使うことができれば、このルートは完成する。ここを登れたら、どんな岩でも登れるんじゃないか。これから世界の岩場でルートを拓いていくための、必要なステップアップとして捉えたんです。

死んでもいいという覚悟とも違いますね?

――核心部はどんな様子だったのですか。

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