Number ExBACK NUMBER
「落ちたら死ぬ可能性が高い」国内最難ルートを登ったクライマーが心臓病で死にかけて考えた「クライミングなしで70歳まで生きて、幸せか?」
text by
寺倉力Chikara Terakura
photograph byMiki Fukano
posted2022/12/31 17:11
プロクライマー倉上慶大。国内の最難ルートを次々に完登するなど、世界のクライミングメディアから注目される。2021年10月に心肺停止を経験、そこから復帰した
倉上 マラ岩は高さ80mほどの岩塔ですが、その最上部に位置する2、3mほどのパート。斜度でいえば89度くらいですかね。最後の支点から6、7mランナウト(ミスしたら12~14mの墜落を意味する)したところにある2ミリほどのホールドらしきものに指先をかけてぐっと引き寄せ、上部のホールドに飛びつく。つま先を乗せるフットホールドはなにもないので、足は岩壁に押しつけるだけ。飛びつく先のホールドも5ミリくらいの幅しかありません。そのわずか数メートルを解決させるために3年間かかったようなものです。
――「Pass it on」を含めて倉上さんが拓いた2本のルートは、いずれも相当な恐怖心が伴い、その点でも国内屈指だと思います。実際、ひとつのミスで、ロープを付けていることも意味をなさないような墜落になる。それがわかっているのに、なぜ、その一手を繰り出せるのでしょうか?
倉上 実際、怖いのは確かです。でも、それは仕方ないと受け入れるしかない。そうやって登ってきました。
――受け入れると登れるものですか?
倉上 登れるかどうかはわかりません。でも、受け入れないと、そこから一歩も動くことはできません。それはもう覚悟だと思うんですよ。恐怖を受け入れて、一歩を踏み出せれば、あとは流れに乗るだけ。逆に、これはダメかもって思いながら登っているときは、たいてい落ちます。いかにして登ることだけに集中するか。その状態を作るには、登る前に恐怖を受け入れて、覚悟して、突破するしかありません。
――気持ちのスイッチをどこかで入れる。
倉上 家を出るときかもしれないし、車を運転している途中かもしれませんが、岩に取り付く前に覚悟を決める。そうして一歩踏み出してしまえば、緊張感はありますが怖さは軽減します。逆に家にいるときに、行こうかどうしようかと悩んでいる時間のほうが、はるかにストレスフルです。
――死んでもいいという覚悟とも違いますね?
倉上 死んでもいいとは思わないですね。死にたくはないけど、選択次第ではどちらに転ぶかはわからない、ということを受け入れる。結局、自分の選択で後悔したくないし、どちらの選択に心がときめくか、ということなのです。心がときめくほうに向いていれば、すべてがポジティブになることが多くなるんですよ。
「クライミングと心臓病はベスト3に入ります」
――「ときめき」ですか。背負っている重さに対して、なんとも可愛らしい表現ですね。