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「落ちたら死ぬ可能性が高い」国内最難ルートを登ったクライマーが心臓病で死にかけて考えた「クライミングなしで70歳まで生きて、幸せか?」
posted2022/12/31 17:11
text by
寺倉力Chikara Terakura
photograph by
Miki Fukano
だが、倉上は昨年、文字通りに生死の淵を彷徨っていた。日本屈指のクライマーに何が起き、そこからいかに奇跡の復活を果たしたのか。【全3回の2回目/#1、#3へ】
◆◆◆
クライミングで死んでいった友人たち
実は、このインタビューを始めた直後のこと。倉上は「この話をメディア上で明らかにしていいかどうか、少し躊躇しています」と語っている。「自分の選択は医学的には相当イレギュラーなものだから、誰にでも当てはまるものと思ってもらっては問題がある」と倉上は言う。一般的な選択肢ではないので、同じく狭心症で倒れた人の選択に余計な影響を与えてほしくないというのが彼の真意だ。
――「医学的にイレギュラー」とはどういう意味ですか?
倉上 突然死のリスクを避けるには、除細動器を体に埋め込むことが定石です。同じ心臓病で倒れた人の99%くらいが入れている。だけど、僕は入れないという選択をしたということです。
――なぜ、そんなリスキーな選択ができたのですか。
倉上 運び込まれたICUは無音に近くて、ある種、瞑想空間のようでした。そこで意識を取り戻してから3日ほど、僕はひたすら考え続けました。命を守ることを優先するのか、それとも優先すべきはクライミングなのか。そう考えたときに、やはりクライミングは自分の人生に欠かせないものだと確信したんです。おそらく、あの3日間は僕の人生のなかで大きなターニングポイントだったかもしれません。
――除細動器を入れた、つまり、肩の高さより上に片腕が上がらない状態を受け入れて、ゆるやかにクライミングをリスタートさせるという選択肢はありませんでしたか。たとえば、ヒマラヤにおける凍傷で指を失った山野井泰史・妙子夫妻が、それでもクライミングを続けているように。
倉上 もちろん、それも考えました。でも、クライミングで死んでいった友人のことが頭から離れなかった。彼らは亡くなり、自分は生きていて、ありがたいことにプロとして、フルタイムクライマーとしてやらせてもらっている。なのに、クライミングの追求をあきらめていいのかと。
クライミングなしで70、80歳まで生きて、幸せか?
――クライマーらしい価値観ですが、クライマー以外には理解しにくい話かもしれません。