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「突然、心臓が20分間止まって…」世界的クライマー・倉上慶大35歳が死にかけた朝「気づいたら救急車」命かクライミングか…医師とのバトル
posted2022/12/31 17:10
text by
寺倉力Chikara Terakura
photograph by
Miki Fukano
だが、倉上は昨年、文字通りに生死の淵を彷徨っていた。日本屈指のクライマーに何が起き、そこからいかに奇跡の復活を果たしたのか。真摯に岩と対峙する男に「命」の意味を問うた。【全3回の1回目/#2、#3へ】
◆◆◆
突然心臓が止まった朝
プロクライマー倉上慶大の心臓が止まったのは、昨年、2021年11月28日の朝だった。
自らを追い込むようなハードなクライミングトレーニングが明け、5日ぶりのレスト日を楽しもうと、友人たちとマウンテンバイクで走り出した矢先のこと。トレイルに入る手前の赤信号で一時停止した倉上は、信号が変わってペダルを踏み込んだ瞬間、意識を失った。
バイクごと道路に転がった倉上は、その時点ですでに呼吸はなく、救急車が到着するまでのおよそ15分間、一緒にいた友人による懸命の心臓マッサージが続けられた。救急救命士による車内での心肺蘇生で息を吹き返し、救急搬送で病院の集中治療室(ICU)に収容された。
もしも周囲に人がいなかったら助かる可能性はゼロだっただろうし、咄嗟の判断で友人が心臓マッサージを始めなかったら、救急車到着前の時点で脳死に至っていたはずだ。救急車内でのAEDも、1回目、2回目では反応がなく、限度ギリギリ3回目での蘇生だった。まさに九死の一生が3度も続いた偶然によって、倉上は生かされたのだ。
このとき倉上は35歳。プロクライマーとして脂の乗りきった年頃だった。これまで積み上げてきた華々しい実績は、硬派なクライミングコミュニティから諸手を挙げて賞賛され、いくつもの不可能を可能に変えてきたその心・技・体は、日本のクライミングシーンを次のステージに導くキーとして大きな期待を寄せられていた。
だが、病院での診断結果は、そんな傑出したトップクライマーの未来を実質的に否定した。倉上が倒れた原因は、「運動誘発型の冠攣縮(かんれんしゅく)性狭心症」というシリアスな心臓病に由来する致死性不整脈(心室細動)で、医師の見立てでは「少なくともアスリートとしての復帰は難しい」というもの。クライミングや登山中の発作によって突然死する可能性もあった。
「心臓のあたりがギュッとなって…」
――意識を失う予兆のようなものはあったのですか。
倉上 ありました。僕は2020年秋に小川山(長野県)のマラ岩に新ルートを開拓しました。そのクライミング自体が相当ストレスフルなもので、そのうえ、コロナ禍が重なったこともあって、メンタル的にも非常に負担の大きな活動だったんです。