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研究者・町田樹32歳が語る“フィギュア界への警告”「(シニア年齢引き上げ案)そんなに甘い問題でもない」「非常に歪な産業構造になっている」
posted2022/04/15 11:02
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Asami Enomoto
北京五輪におけるカミラ・ワリエワ(ROC)のドーピング違反の問題でより注目されるようになった「女子シニア昇格年齢の引き上げ是非」。トップ選手の急速な若年化なども視野に入っているこの複雑な問題を、町田は一研究者として考えてきた。
健康問題は今や「女性スケーターだけの問題ではない」
「フィギュアスケートは2003年にジャッジングシステムが大きく変わりました。試験運用されて、2004年から今の方式になっています。それからおおよそ20年経って、新採点法が抱える問題や歪みが爆発した印象があります。
1つひとつの技に明確な点数がついたことで、選手たちは高難度の技に積極的に取り組みました。ただその一方で、過度に身体に負担がかかる状態が続いたり、あるいはより跳びやすくするために過度なダイエットにも励むようにもなった。すると、食事から摂取するエネルギーを消費エネルギーが上回って低エネルギー状態になる選手が続出し、女性であれば、女性ホルモンの分泌が抑えられて無月経になり、骨が弱体化して疲労骨折を起こすという負の循環が始まったわけです。もちろんそれは女性だけでなく、男性でも相対的エネルギー不足による弊害はあります。性別的な問題から無月経ということは起こりえませんけれども、免疫や代謝、消化器系などの身体機能が低下したり、鬱などの精神の問題なども発生するという研究結果が出ています」
女性アスリートばかりが注目されがちなフィギュアスケートの健康問題は、4回転ジャンプの多種類化、多本数化が進む男子も例外ではない。いつか女性スケーターと同じように、ピークとなる年齢が早まり、競技人生が短くなるときが来るかもしれないという懸念がある。
昇格年齢の引き上げ案も「そんなに甘い問題でもない」
そんな中で、今盛んに提案されているのが冒頭の「シニア昇格年齢を17歳に引き上げる」案だ。ただ町田は「抜本的な改善策になるかというと、そんなに甘い問題でもない」と指摘する。
「サッカー、野球など他のスポーツと比べて見たときに、相対的にフィギュアスケートのようなアーティスティックスポーツの競技人生が短いのは歴然とした事実です。その上で、年齢引き上げ策を進めて何も効果がなかった場合、効果がなかったので元に戻します、では済まされない。なぜならば、従来であれば五輪や世界選手権に出られたはずの選手が出られなくなる。この策は選手の人生を大きく変えてしまう可能性があるからです」
ではどのような議論とルール変更が必要なのか。町田は「科学的な知見を加えて、エビデンスをもとにしっかり検討されるべき」と訴える。ただ、ここにもフィギュアスケートが抱える意外な問題がある。