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研究者・町田樹32歳が語る“フィギュア界への警告”「(シニア年齢引き上げ案)そんなに甘い問題でもない」「非常に歪な産業構造になっている」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAsami Enomoto
posted2022/04/15 11:02
ソチ五輪5入賞、世界選手権銀メダル獲得など輝かしい成績を残した元フィギュアスケーターの町田樹。32歳になった町田のもとを訪ねた
「著作権にも様々なルールがあります。それを知らずに、好き勝手な編集をして使用すれば、著作権侵害で訴えられる可能性がある。当然訴えられれば、その曲は使用できなくなりますから、仮にシーズン途中であってもそのプログラムは試合で使えなくなります。そういうリスクがあることにも私たちは気づいてこなかったわけです」
現実として、曲の著作権者に許可や承諾を得ているケースもほとんどないと言う。だからこそ、町田は力を込める。
「音楽にも著作権があること、他者の作品を使わせていただいている意識が必要です。そのためには著作権とは何かを理解し、尊重することが大切です。著作権教育、啓蒙に取り組むべきだと思います」
そのためにも、著作権を扱うセクターを立ち上げる意味がある、と続ける。
研究者として創作した「アーティスティックスポーツ」
マネジメントを専攻し、フィギュアスケートの数々の課題と向き合い、その先を見据えてきた町田は、「アーティスティックスポーツ」という言葉を創造し、提唱してきた。
「アーティスティックスポーツとは、フィギュアスケートがスポーツとアートの汽水域にある、境界領域にある、重複領域にあるイメージを端的に表したものです。あくまでもスポーツなのだけれども、芸術性を備えている。そういうスポーツとアートの間にあるというニュアンスを込めました。スポーツとアートの汽水域であるがゆえに抱える問題は、ここまでにあげたように著作権の問題などもあって、同じ領域の新体操、アーティスティックスイミングと共有することもできます。統一した概念をつくることで、アーティスティックスポーツの学術研究が促進されるという期待を込めて、あえてこの言葉を創出しました」
2020年にはスポーツとアートの重複領域の論考をまとめた『アーティスティックスポーツ研究序説――フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』(白水社、2020年)を刊行、広く世に問うた。それは功を奏した。
「例えば、バトントワリングや馬場馬術の方から『同じ問題を抱えていることに気づいた』『産業構造が似ているので、私たちも競技の振興をどうすればいいのか考えやすくなりました』という感想もいただくことがあって、アーティスティックスポーツという概念を生み出してよかったと改めて思いますね」
ただ、「フィギュアスケート界からはほとんど何のアクションもないですね」と苦笑する。それもまた、フィギュアスケートの課題のありようを示しているようだった。
現役時代の美意識が残る、新進気鋭の研究者になっていた
自身の演技を通じて、フィギュアスケートがスポーツであり芸術作品であることを示した。競技から退いたあともプロフィギュアスケーターとして5年にわたり氷上で表現し、そしてフィギュアスケートのさまざまな課題と向き合ってきた。昨年の夏には、ブルーレイ作品集『氷上の舞踊芸術』(新書館、2021年)を出版し、今年3月に刊行した『若きアスリートへの手紙――〈競技する身体〉の哲学』(山と溪谷社、2022年)にも、その時間が込められている。
フィギュアスケートの可能性を信じ、永続的な繁栄を願いつつ将来を思う若き研究者が、取材を終えて撮影に臨んだ。
フォトグラファーがカメラを構えると、左右のつま先をすっとずらし、身体の向きに角度をつける。それはフィギュアスケートの選手たちの、共通のポーズだった。まっすぐ伸びたきれいな背筋とともに、町田樹が新進気鋭の研究者でありながらも、今なおフィギュアスケーターやダンサーとしての美意識を持ち合わせていることを思わせた。
撮影=榎本麻美
〈#1、#2から続く〉