甲子園の風BACK NUMBER
宝物は同学年の“田中将大と斎藤佑樹のサインボール”…「打倒マー君」や「帝京との死闘」の智弁和歌山主将は今、何を?
text by
清水岳志Takeshi Shimizu
photograph byKatsuhito Furumiya
posted2021/08/27 11:03
卒業後も智弁和歌山に携わった古宮克人。打倒・田中将大に燃えた当時のキャプテンは今、何をしているのだろうか
今は起業して独自の“塾”を開講している
今は起業して独自の道を歩き始めている。ユーチューブで動画も配信しているが、本分は教育事業だ。
「野球を通して人生の価値を最大にすること。智弁の経験を風化させずスクールを通して教えていきたい」
市内の公園で週に2回、小学3年生から中学3年生対象で3つのコースの塾を開講している。始めて約1年で100人ほどの子供たちが集う。
野球の技術に加えバランス、リズム感覚、運動センスを磨くことも教えるのが特徴だ。また和歌山県の事業、「ゴールデンキッズ発掘プロジェクト」のメイン指導員を任される運にも恵まれた。
週末は出張指導も行う。今や情報革命が起こって、僻地の学校でも強くなる可能性がある時代。いろんな知識を使いながら、子供たちを伸ばせるか。模索は続く。
甲子園は時間があればテレビで見るという。ピッチャーのレベルは上がっている。一方で、毎年、怪物みたいなバッターがいなくなったと感じる。
「豪快なのがいないのはスプリット、カットとか小さな変化に対応しないといけない。だから、こじんまりとした感じにならざるを得ない」
確かに清原、松井タイプは減っている。
「ピッチャーはフォームが似ています。力学、科学でこう投げれば出力が高まると明確になった。それを指導者が知ってるかどうか。さらに間合い、空間、センスを磨ける指導者かどうかが、勝ち上がれるかの境目」だという。
高野連の外部理事と智弁和歌山のOB会の副会長も務める。夏前と年末に学校に挨拶に行くそうだ。
「塾の子供達が甲子園に出て欲しいし、勉強ではいい高校に行ってくれると嬉しいですね」
元高校球児の夢だ。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。