松岡修造のパラリンピック一直線!BACK NUMBER
高嶋活士が語る競馬と馬術の騎乗の大きな違い…「馬と共にもっと気楽に楽しく」に修造が共感する
text by
松岡修造Shuzo Matsuoka
photograph byYuki Suenaga
posted2021/05/30 11:02
競馬の「モンキー乗り」とはまったく違う乗馬フォームに、高嶋選手は当初手こずったという
高嶋:すごく気分が良くなりますけど、それに浸っていると油断してミスが起きます。だから、いい状態を維持させるために、馬に頑張らせるわけじゃなくて、「もうちょっと続けようね」とハミ(手綱をつけて馬の口に噛ませる金属製の用具)にチョンチョンと指示を出します。
松岡:人が3、馬が7という観点で言うと、実際に頑張るのは馬なわけですよね。それって子どもの教育や上司が部下を育てるのに似ていますね。どうやって指示するのがいいんだろうなぁ?
指示よりも「誘導」で自然に馬を動かす
高嶋:乗馬的な考えで言うと、指示を出すというよりも誘導すると言った方が合ってますね。例えば、馬を右方向に動かそうと思ったら右の手綱を引っ張るだけじゃなく、左側に「壁」を作る、つまり抑えるイメージで左の手綱をクッと持つ。そうすると馬は左方向に行けなくなって自然に右方向に動きます。
松岡:馬への指示は「こっちへ行かなきゃダメ」という形ではなく、自然に誘導するのが一番ということですね。でも、逆に左方向へ動かしたいときは右側に壁を作らないといけないわけですよね。活士さんは右の手足に力が入らないのに、どうやって壁を作られるんですか?
高嶋:最近は最低限、抑えることができているので、例えば後ろ足を軸にして回転する運動のときも、きれいに回れています。以前は右側をしっかり抑えることができず、後ろ足がずれてきれいに回れませんでした。
松岡:さっきの練習でやられていましたよね。照井さんが「右手足にあまり力が入らないのに、あれはすごい技術だよ」と教えてくれました。
高嶋:そうですね、ここ1カ月くらいで伝えるコツというか、ケネディが僕の指示を感じてくれるようになりました。でもまだ難しい点はあるんですよ。例えば右回りで馬場を走っていてカーブするとき、ケネディが馬場の内側にちょっとだけ入ってしまうんです。それは僕の右手足の抑える力が甘いので、馬が右側に寄っちゃうんですね。ただそこも徐々に修正する術を覚えてはきています。
(構成:高樹ミナ)
#4 「夢はアストンマーチン」パラ馬術・高嶋活士が抱く意外な野望に、松岡修造、思わず固まる に続く
■■■
#1 JRA騎手からパラ馬術へ転身の高嶋活士が騎乗のコツを「力まない」と語るも、松岡修造は「僕に一番向いてない」
#2 松岡修造も戦慄…「生きていくのに必要ない記憶」高嶋活士が語るパラ転身の契機となったJRA時代の落馬事故の経緯
高嶋活士(たかしま・かつじ)
1992年12月2日、千葉県生まれ。2011年にJRA騎手としてデビュー。13年2月、障害レース中に落馬事故で脳の3カ所から出血する大けがを負い、右半身に麻痺が残った。2年半に及ぶリハビリの末、15年に騎手免許を返上して引退。JRA通算244戦0勝(うち障害39戦)、最高は2着6回。現役引退直後から馬場馬術を開始し、17年に全日本パラ馬術大会で優勝。20年の全日本では個人、団体の2冠を達成。161センチ、58キロ。愛馬はケネディ・H号。