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Jリーグ審判が使う「シュッと消える」スプレー秘話 開発した鹿島&浦和の熱烈サポーターがこだわった“芝への影響”とは
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byJ.LEAGUE
posted2021/03/18 11:01
Jリーグで使用される“国産”のバニシングスプレー。その開発には人知れぬ苦労があった
試験に使うのは小松菜?
「私たちはサッカーの芝に境界線を引くスプレーを試作していて、海外製のものと私たちの試作品で植物への影響がないかどうか、第三者が立証できるような試験をしたいのです」
すると、協会の担当者から意外な答えが返ってきた。
「それでは小松菜に噴霧して経時変化を見る、植害試験をしてみましょう」
「小松菜? なんで? と驚きました。でも、どうやら試験で使う植物は小松菜だと、国が決めているようです。植物の中でも繊細で、薬害の影響が顕著に出るらしく。とはいえ仮に小松菜で成果が出たとして、その結果がどれくらい意味があるものなのか、正直よくわからなかったのですが」(金丸)
ほかに道もないので、ふたりは半信半疑のまま小松菜での実験を始める。この実験では、自分たちでも試そうと用意した小松菜にカビが生えてしまうなど、思わぬアクシデントが相次いだ。
だが、この過程でスプレーの中身の成分のなにが小松菜に影響を与えるのか、ふたりは徹底的にチェックしていく。
「スプレーの中身には複数の成分を配合していて、例えば泡を立たせるための活性剤、菌の繁殖を抑えるための防腐剤などを処方しています」(悉知)
「その成分の、なにが葉に悪影響を与えているのか。自分たちで検討しながら、ある成分を抜いたり、減らしたり、別のものを加えたり、といったことをひたすら繰り返したわけです」(金丸)
「葉を枯らさないことが最重要課題ですが、そちらを追求することで泡の質が落ちてもいけない。そのバランスを保つことも非常に難しかったですね」(悉知)
ふたりは根気よく改良に取り組み、試作品の山と格闘しながら製品は徐々に改良されていく。繊細な小松菜を相手に試行錯誤を繰り返す中で、クオリティは納得できるレベルに到達。植害試験にも合格する。
収穫だったのは「審判」による助言
試作品に一定のお墨付きが与えられたことで、ふたりは商品開発と並行してJリーグへの提案を始める。
「ツテを頼りにJリーグの担当者にお会いすることができたのですが、ここからも大変でした。先方にとっては、我々はどこの馬の骨かわからないメーカーですから」(悉知)
「Jリーグとしては一度導入したものが思わぬ形で頓挫し、代替品を探していたようです。ただ、前に採用したもので問題が発生したこともあり、非常に慎重な姿勢でした」(金丸)
「とくに特許の取得については、“間違いないですよね?”と何度も念を押されました」(悉知)
Jリーグにアプローチする中で、経験豊富な審判にも意見をもらえるようになったのは大きな収穫だった。実際に海外製スプレーを使用した経験から、具体的な助言をいくつも得ることができたからだ。
例えば従来のものは地面近くで吹き付けることで、しっかりとラインを引ける設計。だが審判としてはかがんだりせず、よりスムーズに、またスマートに使いたいという。時間をかけたくないし、加えてヒートアップする選手たちと、しっかり目を見てコミュニケーションを取りたいからだ。
「審判の方々にとっては、選手と会話をしながら、かがまずにサッとラインを引けるものが望ましい。ですから我々はある程度の高さから、素早くしっかりとラインが引けるようにしました」(悉知)
「スプレーを腰につけるホルダーについても、有意義なアドバイスをいただきました。試合中に落ちない、仮に落ちて踏んだとしても、破片が散らばって選手をケガさせないような素材を選定しました」(金丸)