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Jリーグ審判が使う「シュッと消える」スプレー秘話 開発した鹿島&浦和の熱烈サポーターがこだわった“芝への影響”とは 

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熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

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photograph byJ.LEAGUE

posted2021/03/18 11:01

Jリーグ審判が使う「シュッと消える」スプレー秘話 開発した鹿島&浦和の熱烈サポーターがこだわった“芝への影響”とは<Number Web> photograph by J.LEAGUE

Jリーグで使用される“国産”のバニシングスプレー。その開発には人知れぬ苦労があった

ベストピッチ賞の埼スタと日本平で

 審判との意見交換を行なう一方で、芝を対象とした試験がいよいよ始まる。

 小松菜での植害試験に合格したものの、芝の検証ができていないことに不安を感じたふたりは、除草剤などの研究、試験を行なう日本植物調節剤研究協会(植調協会)に問い合わせ、ゴルフ場で試験をしようと考えた。

 だが、植調協会に相談する中で、思わぬ回答が得られた。

「サッカー場での試験もできますよ」

 そのサッカー場とは、埼玉スタジアムである。

 浦和レッズに加えて日本代表がホームゲームを行う埼スタは、2001年から16年まで設けられた「Jリーグベストピッチ賞」に4度輝いた日本有数のスタジアムとして知られる。

 埼スタでの試験が間もなく始まるというとき、スタジアム開場以来、グラウンドキーパーを務めてきた輪嶋正隆から、悉知と金丸の元に連絡があった。

「“従来品ではやっぱり芝に悪影響が出る”、日本平のグラウンドキーパー仲間がそんなふうに言ってるんだ。だから、ぜひともふたりがつくったものを試してみようよ」(輪嶋)

 寒地型芝の代表が埼スタなら、暖地型は清水エスパルスの本拠地、日本平が有名だ。ベストピッチ賞に輝くこと実に9度。もちろん最多記録である。

 日本平の芝を管理する佐野忍は、あるときJリーグから届けられた海外製スプレーをグラウンドの隅に吹きかけ、経過観察を行なったことがある。

「ラインを引いてから30分放置して水で流し、それを5日間、観察しました。すると翌日、はっきりと茶色い痕が出ている。遠目に見るとほとんどわかりませんが、ある程度近くから見ると、だれが見てもわかる筋が。その痕は、5日経っても消えませんでした」

 試験結果をレポートにまとめた佐野は、馴染みの輪嶋にも報告。

「審判はフリーキックの地点に半円を引き、それから壁の位置にラインを引く。1試合で多いときは10回くらいあるのかな。それが1週間近く残るわけです。Jリーグは中2、3日で試合をすることがあるので、このスプレーではラインが残ったまま次の試合がやって来る。テレビでも、かなり見栄えが悪くなりますよね」

 完璧なグラウンド・コンディションの維持に努めてきた佐野にとって、従来品のクオリティは受け入れがたく、懇意にする埼スタの輪嶋にも伝えたのだという。

 そうした流れがあって、クイックレスポンス社の試作品の試験が埼スタで行なわれることになった。埼スタの輪嶋は、こうした試験にはうってつけの人物だった。というのも、植調協会のスポーツターフにおける試験を行なった経験者だったからだ。

特許もクリア、全国のスタジアムでみっちり観察

 埼スタはメインが寒地型芝だが、サブグラウンドには暖地型芝が植えられている。輪嶋はグラウンドの四隅に試験用のスペースを確保して、経過観察を行なった。

「普通の量と多めの量、2種類のラインを引き、その後の芝の変化をチェックしました。数時間後、意外と早い時間で芝の変色が確認されました。でも、ほんの少しの変化で、生育不良につながるようなものではない。私のような専門家でなければ、ほとんど気づかないような変化でした」

 輪嶋によると、薬害の判定基準は「大」「中」「小」「微」の4段階に分かれており、クイックレスポンス社のスプレーはもっとも変化が小さい「微」だった。

「変化はごくわずかしか見られないので、実際に試合で使うことには問題がありません。ただ、わずかな薬害が出ることは知ったうえで使いましょうということですね」

 埼スタでの1カ月の試験は上首尾に終わり、その間に最大の懸案だった特許の取得も決まった。

「多くのメーカーが早々と製品化を断念したのは、海外製スプレーの特許を回避するのは無理だと判断したからだと思います。しかし我々は、海外製の特許と差別化できる独自性の追求が、製品化につながると考えました」(金丸)

「特許をしっかりと読み込んで“ぼくらの考えは間違っていない”という感触もありました。自分たちの特徴である“芝への影響を軽微に抑える”という部分を強く打ち出したことが、功を奏したのだと思います」(悉知)

 最大の山場は乗り越えたが、埼スタのグラウンドキーパー輪嶋は完璧を期してさらにふたりに提案した。

「埼スタでの試験だけでは十分だと言い切れないので、日本全国のスタジアムでの試験を検討してはどうでしょうか」

 そこでふたりは、芝の種類や気候なども踏まえてのスタジアムの選定を輪嶋に依頼する。

 輪嶋は佐野がいる日本平をはじめ、大分、神戸、新潟などを選定。8つのスタジアムで3カ月、みっちりと経過観察を行なった。もちろん、ここでも問題が起きることはなかった。

【次ページ】 記念すべき“デビュー”の対戦カードは…

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