ツバメの観察日記BACK NUMBER
ヤクルト版“新しい観戦様式”。
僕はホテルの窓越しに開幕戦を見た。
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph bySports Graphic Number
posted2020/06/22 17:00
双眼鏡を通して試合を見守る長谷川氏。一塁側ヤクルトベンチが丸見えでファンにとっても嬉しい眺望だ。
ファンは何を求めて野球を見るのか?
部屋に戻って「哲人カレー」を食す。中央に配されたご飯は、山田の背番号である「1」にかたどられ、チーズ、チャーシュー、ミートボールのトリプルスリー。ちょっと冷めていたけど、かなり美味い。
眼下ではすでに開幕戦セレモニーが無人のまま行われている。ヤクルト・高津臣吾、中日・与田剛監督による力強い宣言。雨脚は強くなったり、弱くなったり不安定なまま、定刻より少し遅れた18:03、ついにプレーボールが宣せられた。
'04年の球界再編騒動が起きた翌'05年、あるいは東日本大震災により日程修正を余儀なくされた'11年。いずれも、「今年の開幕は特別だ」と感じた。
同様に、2020年の開幕もまた、後に振り返ったときに大きな意味を持つことだろう。新型コロナウイルスにより、人々の生活様式や意識が変わり、それに伴ってプロ野球の持つ意味合いも変わった。
選手は何のために野球をするのか? ファンは何を求めて野球を見るのか? プロ野球は誰のためのものなのか? さまざまな問いとともに始まるのが、今年のプロ野球なのだ。
「ただそこに石川がいてくれるだけでいい」
「プレイボール!」――吸気口を開けると、球審の声までクリアに聞こえる。双眼鏡の先には神宮のマウンドに立つ石川雅規がいる。思わず胸が熱くなる。
初回こそ2点を失ったものの、「ただそこに石川がいてくれるだけでいい」、そんな思いで見つめていた。1回裏には山田哲人が今季初打席で左中間に第1号を放った。山田が放った豪快な一打。バットが白球をとらえる音は、この耳にハッキリ届いた。それは無観客ならではの「球音」だった。
しかし、打った瞬間に「入った!」と思ったものの、一瞬、「あれ、平凡な外野フライなのか?」と不安になった。というのも、豪快な一打であるにもかかわらず、観客の歓喜の声やどよめきがまったくないため、「あれ、凡打なのか?」と感じてしまったのである。
ヤクルトベンチからの「オオーッ」という声が一瞬だけ聞こえたものの、選手たちも打球の行方を目で追っているのか、球場は数秒間、静寂に包まれる。実際は豪快なホームランだったが、このとまどいもまた無観客の副産物なのだろう。
もちろん、応援団による東京音頭もなければ、傘の花も開かない。子どもの頃から、「点が入ると東京音頭」と刷り込まれているため、このとまどいもまた新鮮な発見だった。