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ブラジル隆盛を築いた名将の助言。
「日本バレーは歩みを止めた」

posted2019/05/29 11:00

 
ブラジル隆盛を築いた名将の助言。「日本バレーは歩みを止めた」<Number Web> photograph by Noriko Yonemushi

1982年からブラジルの各年代の指導を行ってきたマルキーニョス氏。堺ブレイザーズを2シーズン、サポートした。

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米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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Noriko Yonemushi

「6年前にしっかりとプランを立てていれば……。自国開催の東京五輪は、日本バレーにとって大きなチャンスだったのに」

 そう悔やむのは、今年5月まで2シーズン、堺ブレイザーズでアドバイザーコーチを務めたブラジル人のマルキーニョス(アントニオ・マルコス・レルバッキ)氏だ。

 マルキーニョス氏は、かつて27年に渡ってブラジル男子のジュニア、ユース代表の監督を務めた人物。ジバ(ジルベルト・ゴドイフィリョ)をはじめとする、2004年アテネ五輪金メダル以降のブラジル黄金時代を築いたメンバーを育て上げた、育成のエキスパートだ。

日本を見て、強くなったブラジル。

 ブラジルバレーと日本バレーの関わりは深い。今でこそブラジルは男子が世界ランキング1位、女子が4位というバレー大国だが、もともとは後進国だった。今ではヨーロッパのチームに負けない大型選手も増えたが、かつては日本と同じく体格面で劣っており、海外勢の高さに苦戦していた。

 しかし1972年ミュンヘン五輪で、高さに劣る日本代表の男子が金メダルを獲得するのを見て、日本のスピードや多彩な技術を取り入れようと、積極的に日本から学ぶようになった。

 指導者を日本に派遣したり、日本の指導者をブラジルに招き、学ぶといったことが頻繁に行われた。ブラジル女子代表のジョゼ・ギマラエス監督や、男子代表のベルナルド・レゼンデ前監督も、若い頃そうして日本から学び、影響を受けた。

 そうした経緯があるため、今は立場が逆転していても、レゼンデ氏やマルキーニョス氏などブラジル人指導者に話を聞いていると、日本バレーに対するリスペクトや親しみが感じられる。

 だからこそ今回、日本を離れるにあたり、マルキーニョス氏は日本バレーの現状を見かねて、厳しい言葉も残していった。東京五輪が1年後に迫った今、もどかしそうにこう語った。

【次ページ】 短期間で変えることは難しい。

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