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50年前、第50回夏の甲子園の記憶。
『巨人の星』が開始、大阪では……。
text by
増田晶文Masafumi Masuda
photograph byHideki Sugiyama
posted2018/08/28 08:00
夏の甲子園100回、時間の流れに埋もれさせてはいけない豊かな歴史がその中には詰まっている。
「大阪のモンが東京の学校やと!」
「ようようハンディが決まったで」
秀やんがノートをかざす。あちこちのテーブルに散っていたオッサンどもが、わいわいと集まってくる。組み合わせ抽選が決まった日を機に、店の話題は高校野球一色になった。
「優勝候補はどこや」
「倉敷工に広陵、海星ちゅうとこやろ」
「ふん、西にばっかり賭けても儲けは少(すけ)ない。わいは日大一に張るで」
「あほんだら、大阪のモンが東京の学校やと。間違うても、そないなこというたらあかん」
大阪人にとって東京というのは、今以上に何につけ目障りな存在だった。
「もう締め切るで。早よしてや早よ」
こう、わめく秀やんは40がらみの旋盤工で、若い頃はミナミ界隈でブイブイいわせてたらしい。高校野球が始まると、昔取った杵柄、胴元の手先として大活躍する。
「根性なしは1回戦を指くわえてみとれ。そん代わり2回戦からハンディが厳しなんど」
「ちょっと待ったらんかい。掛け率の計算がややこしい。ソロバンもってきて」
コンプライアンス意識が高い時代に。
ハンディ? 掛け率?
読者が眉をひそめるのは当然のことだ。私とて、高校野球を冒涜するつもりで一文をものしているわけではない。スポーツ界でコンプライアンス意識が高まっていることにも、うなずくところは多い。その点は、ぜひご理解いただきたい。
「坊(ぼん)、大きなっても、おっちゃんらみたいなことしたらあかんねで」
50年前、小博奕にうつつを抜かしていたオッサンは、私の頭を撫でながら自嘲気味にいったものだ。
「たかがタバコ銭やゆうて賭け事してるけど、このカネを貯金したらけっこうな額や」
してみれば、彼らにも“違法行為”に手を染めているという自覚はあったはず。そのくせ、昼休みになれば、工場の隅でオイチョカブやらチンチロリンに興じているのだから始末が悪い。おまけに、広場と呼ばれる空き地では、しばしば闘鶏が行われ、血煙をあげる河内軍鶏の勝敗にもカネが行き来していた。
オッサンはペロリ、舌を出すのだった。
「へへへ。庶民のささやかな手慰み……」
郷愁をまぶした昔話に酔い、彼らを擁護するつもりはない。ただ、半世紀前の布施界隈で、高校野球をめぐりあれやこれやがあった――そのことを摘記していく。