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50年前、第50回夏の甲子園の記憶。
『巨人の星』が開始、大阪では……。
text by
増田晶文Masafumi Masuda
photograph byHideki Sugiyama
posted2018/08/28 08:00
夏の甲子園100回、時間の流れに埋もれさせてはいけない豊かな歴史がその中には詰まっている。
「興國の前評判、そないにようないねん」
「大阪代表の興國はどないやねん」
「ここに書いたある」
秀やんはノートを示す。鉛筆書きの汚い字で、なにやら細かい数字が並んでいる。
「1回戦、金沢桜丘相手にハンディ5かいな」
「興國の前評判、そないにようないねん」
興國は春の選抜大会にも出場したが、初戦で仙台育英に8-9と打ち負けていた。
「ナンギなこっちゃのう」
「けど、勝ったらぼろくそ儲かるがな」
「よっしゃ。郷土の代表に千円張っとくわ」
「伊藤博文とはケチくさい。大阪代表を意気に感じとるなら聖徳太子いっとけ」
「聖徳太子ちゅうたら五千円のほうか」
「アホ、万札に決まっとるやないけ」
「きつい、それ。岩倉具視でもええくらいや」
オッサンどもはオバハン以上にかしましい。
「ほな、今日はこのへんで」
秀やんは集まった札束(ほとんどが千円札)の角をトントンとあわせ、ラクダ色の腹巻にすっくりしまいこむ。
「安心せい、お支払いは現金決済や」
「この選手、阪神に引っぱったらどないや」
とはいえ、彼らが損得だけで高校野球を観ていたのかといえば、それはまったく違う。やっぱり、高校野球は独特の魅力に満ち、強烈な磁力を放っていた。
あの頃は野球留学なんて、あまりいわれていなかった。選手は地元出身のヒーロー。おまけに、近所の兄ちゃんということさえあった。おのずと親近感がわき、応援のボルテージも高まってくる。
しばしば起こる大逆転劇は、筋書なしのスリリングさを生む。一戦必勝のトーナメント戦だからこそ、散ったチームに光があたる。
「ようがんばった、負けて悔いなしや」
オッサンは敗者に己を重ねているのか。
夏の甲子園は明日のスターの宝庫でもある。
「この選手、阪神に引っぱったらどないや」
朝日新聞、NHKら大メディアあげて「清く正しく美しい高校野球」と謳う戦略も功を奏した。もっとも、大阪の球児にはヤンチャなのが多かった。でも、そんな連中が必死のパッチでプレーする。あまつさえ泣きだすのだから、こっちもジ~ンとしてしまう。