サッカー日本代表 激闘日誌BACK NUMBER

植田朝日にとってのサッカー日本代表 

comment by

植田朝日

植田朝日Asahi Ueda

PROFILE

photograph byTadashi Shirasawa

posted2018/05/30 10:00

植田朝日にとってのサッカー日本代表<Number Web> photograph by Tadashi Shirasawa

代表は“俺たちのチーム”でないと。

 この頃は無邪気に「日本のサッカーや日本の応援をどうにかしたい、自分が変えるんだ」という意識が自分の中にありました。幼い頃からサッカーが好きで、高校生の頃にイングランドへ、そして大学ではドイツに留学し、海外のサッカーや応援スタイルを自分の肌で感じることで様々な経験が蓄積された。だからこそ、大人の教えに素直に耳を傾けなければいけないと考える一方で、自分が感じたものや意見を主張すべきだとも思いました。そうすれば、これまでの応援も変えられると思ったからです。

 日本もJリーグという新しいプロリーグができて、そこで自分たちのような若いヤツが突き抜けないと、新しいムーブメントを作らなきゃという思いでいっぱいだった。本当に力になりたいというピュアな気持ちが、自分の背中を押していたと思う。

 海外でも最初は試合を観に行ってサッカーそのものに夢中になっていましたが、次第にカセットテープを持ちこんでサポーターが歌っている歌を録音したり、それを後でみんなに聞かせて「こういう歌にしない?」と提案したり。日本サッカーのためにと言ってはなんですが、仲間をいかに巻き込んで、どう展開していくべきかを相当考えていました。

 もちろん現在も、基本、日本代表戦は会場で応援していますが、一方で、今はかつてほど日本代表がサポーターを必要としていないとも感じます。

 例えば、W杯アジア最終予選でも興行的な意味合いが強く、感情移入ができないというのが正直なところです。もちろん、日本中が“初めて”に向かって同じ方向を向いていた時代を超えることは簡単なことではありません。ただ、日本代表はいつの時代も、“俺たちのチーム”でなければいけない、僕はそう思っています。

(構成:石井宏美)

植田 朝日うえだ あさひ

1973年7月7日、東京都生まれ。海外留学の経験から得た海外サッカーの文化を日本に広め、Jリーグの興隆と共に、それまでにはなかった「サポーター」と呼ばれるサッカー文化を一般に普及させる一助となり、大きな影響を与えた。 サッカー日本代表のサポーター集団「ウルトラス・ニッポン」の中心人物として日本代表とともに世界各国へ遠征する傍ら、映画監督としてテレビ・ラジオ番組への出演や舞台の脚本・演出、コラム・書籍の執筆も手掛けている。

関連記事

BACK 1 2 3
植田朝日
中山雅史
三浦知良

サッカー日本代表の前後の記事

ページトップ