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馬だって「転職」は簡単じゃない。
競馬→誘導馬→馬術という成功組。
text by
北野あづさAzusa Kitano
photograph bynabecci/Ryosuke KAJI
posted2017/07/09 08:00
誘導馬の初心者マークを額につけたオースミイレブン。本人(馬?)は環境の変化をどんな風に受け止めているのだろうか。
国内の枠を超えた器で、一足飛びに国際クラスへ。
馬場馬術の競技馬として再スタートしたオースミイレブンは、順調に競技会で結果を出し、2015年秋には全日本大会のLクラスへの出場権を得た。しかし、意外な結果が待っていた。彼の持ち味である肢を高く上げる歩様が、このクラスではトゥーマッチと評価されたのだ。
インターナショナルクラスに上がれば評価されるはずのこの歩様が、国内クラスではむしろマイナスに作用してしまった。しかし、北原が見据えているのは国内クラスではなく、最高レベルのグランプリ。最終目標のために必要な歩様の良さを、ここでつぶすわけにはいかない。
北原は国内で結果を出すことを捨てて、次のステップに進む決断をした。しかし、肢を高く上げられるからといって、全ての要素が上のクラスに通用するわけではない。他の部分を強化して、全体のレベルを引き上げなければ、上のクラスにチャレンジすることさえままならない。
馬術競技において、馬はパートナーだ。けれど、言葉が通じない馬に対して、技術的なことを説いても、精神論を語っても、「馬の耳に念仏」である。彼らに求めていることを伝えるには、理論に基づいた的確な指示を出し、少しでもうまくいったらほめることしかない。
繰り返すが、馬は学習能力が高い。ほめられれば「この指示の時には、この動きをすれば良い」ということを理解する。その小さな積み重ねだ。うまくいかない日が続いても、ひたすら繰り返す。ひょんなきっかけで光が見えてくることもある。せっかくうまくいっていたことが、突然できなくなることもある。そんなときは、ひたすら我慢して、時には敢えて、もっと前の段階まで戻ってやり直すこともある。それが生き物である馬とともに行うスポーツの難しさであり、醍醐味でもある。
国際クラスでの初戦は「激辛デビュー」だった。
オースミイレブンが北原の元に来てから2年半。北原とオースミイレブンは現在、インターナショナルクラスの第一関門であるセントジョージ賞典に挑戦している。
最初は散々だった。インターナショナルクラス初挑戦の試合で、北原はウォームアップから強めに追い込み、オースミイレブンもそれに応えて切れのある動きを見せた。「このままいけば、いいパフォーマンスができる」と、北原は思ったという。
しかし、そういうわけにはいかなかった。オースミイレブンはウォームアップの時点でいっぱいいっぱいになってしまっていたが、北原はそれに気付かなかった。競技アリーナに入場するなり、腰を高くして後ろ肢を蹴り上げるしぐさを繰り返し、北原の望む動きからはほど遠い状態だった。
ちゃんと運動をさせようと焦る北原の指示は強くなり、それにオースミイレブンが反抗する……という悪循環。それ以上、馬に勝手なことをさせないように、無難に演技をこなすのが精一杯だった。
北原曰く、「ほろ苦どころか、激辛のセントジョージ賞典デビュー」となった。その後、調整を重ね、何度かこのクラスの競技に出場して、少しずつ安定した成績を出せるようになってきた。