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馬だって「転職」は簡単じゃない。
競馬→誘導馬→馬術という成功組。
text by
北野あづさAzusa Kitano
photograph bynabecci/Ryosuke KAJI
posted2017/07/09 08:00
誘導馬の初心者マークを額につけたオースミイレブン。本人(馬?)は環境の変化をどんな風に受け止めているのだろうか。
誘導馬になると同時に、馬術の才能を見出され。
誘導馬にも、落ち着いていることが求められる。本馬場入場時にエキサイトする競走馬は多い。そこで一緒になって「オレも走る!」と、興奮したら誘導馬失格だ。周りの馬たちが気合十分にコースを駆けていく中、自身はゆっくりと落ち着いて歩かなければならない。それができない馬は誘導馬にはなれない。オースミイレブンは、トレーニング期間を経て、2014年の夏に誘導馬として競馬ファンの前に再び姿を見せた。
札幌競馬場では、誘導馬としてのトレーニングと同時に、馬場馬術の競技馬としてのトレーニングも受けていた。
担当したのはJRA職員の間裕(はざま ゆう)。すぐにオースミイレブンに、馬場馬術競技馬としての素質を感じた。ローカル競技にも出てみたところ、悪くない評価をもらった。
「この馬ならもっと上にいけるかもしれない」
そう感じた間は、北原広之に連絡した。「いい馬がいるんです。北原さん、乗ってくれませんか?」と。
東京・世田谷のJRA馬事公苑(現在は改修工事中のため宇都宮市)に勤務する北原は、国内トップクラスの馬場馬術選手だ。過去に全日本選手権を3連覇し、世界選手権にも出場した。トレーナーとして多くの馬を育てた実績もある。その北原も、オースミイレブンの動きに才能を見てとった。2014年の暮れにオースミイレブンは馬事公苑に「転勤」し、馬場馬術競技馬としての本格的なトレーニングがスタートした。
「どんな馬にも才能がある。それを伸ばすのが仕事」
北原がオースミイレブンに感じたのは「肢さばきの良さ」。歩き方がスマートで、かつ見栄えがするのだ。これはトレーニングでつくり出せるものではない。とはいえ、パーフェクトだったわけではなく、肢の動かし方に左右の差があった。正確さと美しさを求められる馬場馬術において、左右のアンバランスは大きな欠点だ。
また、性格にもやや難があった。周りが気になってしまうタイプで、特に初めての場所では本来のパフォーマンスに集中せず、挙動不審になることも多かった。
北原には、「どんな馬にも才能がある。それを活かして伸ばすのが自分の仕事。目標は常にグランプリクラス」という信念がある。才能を見込んで受け入れた以上、オースミイレブンを競技馬として成功に導かなければならない。
馬場馬術競技はレベルに応じて、段階的に難しいクラスにステップアップしていくシステムがある。公式戦ではLクラスからスタートして、Mクラス、Sクラスと上がっていき、その先はインターナショナルレベル。セントジョージ賞典クラス、インターメディエイトクラスとレベルが上がり、究極はグランプリだ。
オリンピックや世界選手権は、グランプリクラスで行われる。インターナショナルレベル以上のクラスで求められる動きは、速く走ることに特化したサラブレッドには難しい。馬術競技が盛んなヨーロッパでは、馬術競技用の品種の、その中でも選ばれた馬たちがこの競技に出てくる。それらの馬たちは、体のつくりも、歩様も、馬場馬術に適している。