オフサイド・トリップBACK NUMBER
レスターと岡崎慎司が成し遂げた偉業。
サッカーの構造そのものを覆した?
text by
田邊雅之Masayuki Tanabe
photograph byAFLO
posted2016/05/06 17:30
レスターの臨時収入は200億円を超えるとも言われ、選手全員にオーナーからベンツがプレゼントされた。
戦術的には、極めてベーシックな戦い方だった。
とはいえ冷静に振り返れば振り返るほど、レスターが優勝した事実には改めて驚かされる。
リネカーとシアラーが、Numberのインタビューで語ってくれた内容をまとめれば、「ラニエリのもとで選手のフィジカルコンディションが大幅に改善され(シアラー)」、「監督が目指す慎重なアプローチと、各選手の特徴が完璧にマッチし(リネカー)」、「下位のチームでさえ攻勢に出ようとしてくる中で、カウンターに特化した唯一のチームになったこと(同)」が、テクニカルな勝因だったということになるのだろう。
しかし、あのスタイルで、なぜプレミアを制することができたのかという点については、戦術分析のスペシャリストでさえ明快な答えを提示できていない。
ディフェンスやプレッシングの方法論に限っても、革新性を示すようなキーワードを見つけることができないためだ。日本ではほとんど報道されていないが、レスター絡みの戦術論では「攻撃参加しないサイドバック」の存在が目新しいとされた程度である。
もちろん個々の選手に目を向ければ特筆できる要素はあるが、ここまでベーシックなサッカーを志向し、戦術のオプションや補強の予算が極端に少ないチームが主要リーグの頂点に立つというのは、ヨーロッパサッカーの現代史においては極めて珍しい。この点でもレスターの優勝は異例だった。
岡崎はイングランド人が好感を持つタイプ。
レスターの優勝が持つ歴史的な意義は、これらの文脈を踏まえて初めて正確に理解できる。ただし僕たち日本人にとって真に誇るべきは、偉業を達成した中心メンバーの一人に岡崎が名を連ねていたことだ。
ちなみにイングランドの旧友は、岡崎とレスターの特集号だと告げるとことのほか喜んだ。ごひいきのチームは他にあるが、レスターの試合を眺めるうちに、いつしかOKAZAKIという選手に惹かれていったからだという。
「だって彼はどことなく『ブルーカラー(労働者階級出身)』のサッカー選手っぽいじゃないか。もちろん実際には日本のエリート選手なんだろうが、オカは典型的なハードワーカー、チームプレイヤーだという印象を受けるからね。
イングランドの人間は、昔からああいうタイプの選手がすごく好きなんだ。テレビの中継で、一生懸命、英語で答えたりしているのも好感が持てる。まさか日本からあんな選手がやってくるなんて思わなかったよ」
気の早い日本メディアは、レスターの「これから」を論じ始めている。これも重要な作業であるのは間違いない。優勝が決まった瞬間から、移籍市場での補強も含めた、新たな戦いはすでに始まっている。
だが来シーズンに向けたシナリオを考えるためにこそ、今回の優勝が持つ意義を、もう一度、時間をかけて検証してもいいのではないか。現代サッカーの構造的な問題についてじっくり考える、しかも前向きな気持ちでこのテーマに向き合える機会というのは、それこそ滅多に巡ってこないのだから。