オフサイド・トリップBACK NUMBER
レスターと岡崎慎司が成し遂げた偉業。
サッカーの構造そのものを覆した?
text by
田邊雅之Masayuki Tanabe
photograph byAFLO
posted2016/05/06 17:30
レスターの臨時収入は200億円を超えるとも言われ、選手全員にオーナーからベンツがプレゼントされた。
21世紀、ロマンは死滅していなかった!
レスターが優勝を遂げた、最も重要な歴史的意義はまさにここある。合理性やマネーの論理が透徹し、格差が完全に構造化された現代社会――ロマンが死滅した21世紀において、青いユニフォームを着た無骨な男たちは鮮やかに夢物語を紡いでみせた。しかもその舞台となったのは、ヨーロッパのサッカー界の中でも、特に格差の拡大が顕著なプレミアだった。だからこそ現地の人々は、かくも熱狂しているのである。
日本でレスターの優勝が持つ歴史的な意義が十分に理解されていないと感じる2つ目の理由は、「番狂わせ」の捉え方だ。
レスターの優勝と絡めて、スポーツ界で過去に起きたジャイアントキリングがよく引き合いに出されている。数年前まで無名のアマチュア選手だったバーディーや、ビッグクラブで失格の烙印を押されたシュマイケルやドリンクウォーターといった面々が、人生の劇的なカムバックを果たしたことも手伝って、「ロッキー」に代表される映画のような展開だと評されることにもなった。
だがレスターの面々は、ロッキー・バルボアよりもはるかに凄まじいことやってのけている。なぜなら彼らが制したのはカップ戦ではなく、リーグ戦だからだ。
4倍の選手年俸を誇る「巨人」が4人も。
たしかにスポーツ界では番狂わせが時々起きる。FAカップのような一発勝負のトーナメントなどは典型だが、リーグ戦となると、まるで様相は異なってくる。戦いは10カ月近くの長丁場になるし、ジャイアントキリングにしても、一度や二度演じただけでは十分ではなくなってしまう。
プレミアの上位には、選手の人件費をだけをとってもレスターの4倍の規模を誇る巨人が4人も控えているだけでなく、他にもリバプールを始めとした古豪や難敵がひしめている。「ロッキー」にたとえて言うなら、勝ち名乗りを挙げるまでにはシリーズ38作まで戦い続けなければならない。
そこでレスターのような小兵が優勝を狙うためには、直接対決で勝ち星を重ねていくだけでなく、ビッグクラブが白星を取りこぼしたり、互いに勝ち星の食い合いをしてもらうのが条件となる。
これがまさに起きたのが、今シーズンのプレミアだった。チェルシーとリバプールプは監督が解任され、ユナイテッドは2年連続の超大型補強に失敗。マンチェスター・シティはペップの監督就任が発表されたのを境に浮き足立ち、アーセナルは息切れしてしまう。
さらに幸運なことに、本来ならば乱戦に乗じるはずの中堅チームも、千載一遇のチャンスを活かしきれなかった。ここまで条件が揃って初めて、初めてレスターはトロフィーを手にしたのである。