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兄を見た瞬間「キツさがなくなった」…箱根駅伝7区「兄弟給水」で区間賞、中大・吉居駿恭が告白する“絶望からの復活劇”「箱根は走れないかと…」
text by
加藤秀彬(朝日新聞)Hideaki Kato
photograph byNaoki Kitagawa
posted2024/01/13 06:00
7区の15kmで実現した吉居駿恭(2年)と4年生の兄・大和の「兄弟給水」。 あのシーンと区間賞の走りを見せるまでに何があったのか。駿恭に話を聞いた
注目度の高い第100回の箱根駅伝で、優勝を狙うチームの一員を担う。なのに、「走るのが怖い」と思うほどに練習ができない。このままでは出走できないことは明らかだった。
藤原監督から「7区を空けて待っておく」
そんな自分を変えてくれたのは、藤原正和監督の言葉だった。
記者会見の数日後のこと。2月にイランで開かれる、アジア室内陸上競技選手権3000mの日本代表に選ばれたと伝えられた。
今夏のパリ五輪出場をめざしている吉居にとって、初めて日本代表のユニフォームを着るチャンスだ。その試合を見据え、藤原監督に言われた。
「やりたいトラックを十分にできるのも、駅伝に向けて支援してくれる人たちがいるからこそ。日本代表に決まったからには、もう一度気持ちを切り替えて箱根を走った方が良いんじゃないか」
そして、こう告げられた。
「7区を空けて待っておくから。ここからどれだけ戻せるか、楽しんでやっていこう」
仲良しのOBも給水を宣言
同じころ、吉居の不調を気にかけた部のスタッフがこっそり連絡をとった人がいた。
千守倫央。2023年の箱根駅伝で7区を走った、吉居の三つ上の先輩だ。
現在、大塚製薬の実業団選手として走る千守は、在学中から吉居と大の仲良しだった。
「『応援するし、給水もおれがいくから、走ってくれないと困るよ』みたいな感じで電話をくれて」(吉居)
苦しいときに気にかけてくれる監督と先輩。その思いがうれしかった。道筋が見えていなかった2週間ほど先の箱根駅伝がはっきりと目標へと変わった。先輩たちから愛される弟気質のランナーは、徐々に本来の走りを取り戻しつつあった。
アクシデントが起きたのはそんなときだった。