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プロ野球PRESSBACK NUMBER
阪神・岡田監督&平田ヘッドが激怒…それでも大竹耕太郎は冷静だった「普通は速い球だと思いますよね」“崖っぷちの左腕”はなぜ再生したのか?
text by
酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph byHideki Sugiyama
posted2023/12/19 11:03
日本シリーズの行方を占う第5戦の先発を託された阪神・大竹耕太郎(28歳)。今季はリーグでも自己最多の12勝をマークした
パ・リーグ3連覇の王者らしく揺さぶりをかけてくる。18.44mを隔てた投手と打者の駆け引きである。廣岡に打席を外されれば、大竹も応酬する。その初球、誰もが拍子抜けするほど緩い、98kmのチェンジアップを投じたのである。彼の言葉を借りると「ほぉわーん」という軌道はボール球になったが、廣岡の意表を突いているようだった。人を食ったような球を選んだのは理由がある。
「僕も『嫌だな』と思うのではなく、むしろ打席を外された状況を利用しようと。打席を外した直後って、普通は速い球が来ると思いますよね」
廣岡を左飛に抑え、この回も無失点に抑えた。100km前後のスローボールは、3月のオリックスとの対戦で使っておらず、序盤から絶妙なアクセントになっていた。7月のオールスター明けから使い始めた球で、ラグビー関係者の知人との雑談からヒントを得たのがキッカケだった。「100㎞のストレートとか投げたら、打たれないんじゃないの?」。門外漢の素朴な疑問をマウンドで試し、この大一番でも積極的に投げていく。
実は今季、バッテリーを組む坂本誠志郎とは、スローボールを投げるサインを決めていない。大竹は「坂本さんも『めっちゃ瞬きする』って言ってました」と明かす。捕手すら面食らう遅い球が、オリックスに効かないはずがなかった。
二軍では投げられるのに、なぜ一軍で出来ないのか
10月中旬、日本シリーズ第5戦での先発が決まると、自分に暗示をかけた。
「生目第2球場で投げるのと、日本シリーズで投げるのは同じ。どういう状況でもやることは変わらない」
本番前の10月12日にフェニックス・リーグに調整登板した宮崎市の生目の杜第2球場はとてものどかで、大観衆はいない。平常心だった。その時と同じように甲子園での日本シリーズも臨もうと腹を決めたのである。
この1年、ずっと心を変えようとしてきた。3月末、まだ今季初登板前に1本のYouTube動画を見つけた。画面では、ビリギャルで有名な『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』の著者である坪田信貴氏が語っていた。人生で成功するための一番重要なポイントとして「メンタルが9割です」と切り出している。話に引き込まれた大竹の解釈を聞こう。
「たとえば、ここに板が置いてあって、その上を歩くのと、ビルからビルの間に渡した板の上を歩くのとでは、ここだったら何も考えないで歩けるけど、ビルの間ってなったら、いろいろ考えてしまう。人間はやることが同じでも、気持ちの問題で普段通りの動きができなくなるという講演を聞いて思いました。『ああ、去年までずっと二軍で投げて、できていたことが一軍に上がったらできなくなるのも、本当に一緒だな』って」
熊本の済々黌高、早稲田大から2017年の育成ドラフト4位でソフトバンクに入団したが結果を残せず、昨オフの現役ドラフトで阪神に加入した。後がなくなった時、野球と無縁の世界からもヒントを探し求め、自分に置き換えて考えた。窮地で視野が狭くなりがちなところでもアンテナを立てる。わざわざYouTubeで見つけ出してくるところが、大竹の真骨頂である。