JリーグPRESSBACK NUMBER
「J2に落ちても構わない」前代未聞のオファーはなぜ生まれた? ミシャが語る“クレイジーな攻撃サッカー”の歴史〈広島6年→浦和6年→札幌6年〉
text by
佐藤景Kei Sato
photograph byKiichi Matsumoto
posted2023/12/01 11:03
広島6年、浦和6年、札幌6年…Jリーグの歴史を塗り替えてきたミハイロ・ペトロヴィッチ監督(66歳)
Jリーグは全カテゴリーで60クラブを数える。誰もが攻撃的で積極的な面白いサッカーを観たい、観せたいと考えているとすれば、ミシャが注目するチーム数はもっと多くてもよさそうだが、そうではない。むしろ攻撃的で積極的なチームは少数派だろう。
「プロの世界は、まず結果で評価されるものだ。攻撃的なサッカーは良い戦いをしても勝てないことが現実にあり、勝てなければ当然、評価されない。結果を安定的に出すためには、どうしても守備的な、手堅い方法を求めることになる。守備から入っていった方がチームとしては早く成功を得やすい面があるからだ。新しくチームを作るにあたって攻撃的なスタイルにしようとすると、より多くの時間が必要になる。その時間の間に成績が振るわなければ、監督はクビになる。だから多くの指導者は自分が生き残るために手堅いやり方を選択せざるを得ないのだ」
それでもミシャ自身は常に攻撃からチームを作り続けてきた。その難しさを十分に分かった上で。
「そういう環境下でも、私は攻撃的なチーム自体は作ってはいけると思っている。攻撃的なスタイルを向上させながら、ある程度、結果にも向き合っていくことができると証明してきた自負もある。ただ、より良い成績を求めるタイミングで良い選手が他のクラブに移籍してしまう。それがこの規模のクラブが常に直面している現実だ。鳥栖もそうだし、新潟もそうだろう。熊本もまた同じだ。昨年から今年にかけて多くの選手が抜けた。その結果、昨年の戦いぶりから期待した順位に、今年はなっていないと言えるかもしれない。札幌もまた同じだ」
ミシャは前述の通りこれまで3つのJクラブで指揮を執ってきた。いずれも期間は6シーズン。浦和では監督としてクラブ歴代最長の在任期間を記録したが、チームの陣容が大きく変わる中でやりくりしつつ、攻撃サッカーの実践と結果のバランスを取ることのできる上限が、その6シーズンというスパンということなのか。成績とは別の価値を示したとしても、クラブ側にとってはそこが臨界点ということか。本人に問うた。
「それはどうか、私にはわからない。ただ、今年はシーズン開幕前から、ともに7年目を迎えようと(杉浦)大輔と話していた(笑)」
広島時代からともに仕事をしてきた杉浦コーチ兼通訳とそう言って笑い合ったミシャ。鬼門の6年目を越えて未知なる7年目へ。仮に契約更新となれば、札幌で、ついに記録を更新することになる。
◇「小柏らも、じきに目をつけられる…」インタビュー第2回では主力選手や流失や若手選手の海外移籍に対しての持論を語っている。