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藤井聡太“20歳最年少新名人の瞬間”は「堂々として…職人の域というか」高見泰地七段が間近で見た「武豊さんのような」超一流の風格
posted2023/08/15 11:00
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph by
Keiji Ishikawa
最年少名人誕生の瞬間、朝日副立会人だった高見泰地七段は対局場の入り口で、歴史的瞬間を感じ取ろうと五感を研ぎ澄ませていた。
「藤井新名人は堂々としていました。最年少名人という将棋界にとって非常に大きな出来事であることを認識しつつも、“そこがゴールではない”というものも感じましたね」
頂点に立ったというより……本当に幸運だったのだと
5月31日と6月1日、長野県高山村。峡谷と森林に包まれ、そこからカエルの鳴き声が聞こえる藤井荘で行われた名人戦第5局で、挑戦者の藤井聡太六冠(当時)は渡辺明名人を94手までで投了に追い込み、シリーズ4勝1敗で新名人となった。
〈頂点に立ったというより……本当に幸運だったのだと思います。これからが、今後より問われるのかなと感じていますし、観る方が楽しい将棋を指せればと思います〉
対局直後の会見で、新名人となった藤井は自身の心持ちを正確に表現するため、盤上で大事な一手を考えるかのように――時には十数秒ほど沈黙し、言葉を紡ぎだそうと努めていた。
谷川浩司十七世名人の「21歳2カ月」を塗り替える「20歳10カ月」での最年少名人。さらに毎年のように勝率は8割オーバー。世間一般から見れば藤井が圧倒的なスピード感で駆け上がったような感覚を持つのは何ら不思議ではない。
ただ藤井将棋の進化プロセスを長年にわたって見続け、対局者としてもその凄まじさと直面した高見は、今年に入って「これは本当に危ないでしょうという将棋」が何局かあったと感じている。
先手が押しきれそうかな、と。ただ…
名人戦第5局も、人間的な感覚で言えばその範疇にあたったようだ。高見は語る。
「藤井さんにとっては“勝てば名人”という大きなチャンスで、その一方で渡辺先生からは“名人の意地”があるだろうと戦前に予想していました。対局が始まると、2日目の昼くらいまでは渡辺先生がずっと押している展開となりました」