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藤井聡太“20歳最年少新名人の瞬間”は「堂々として…職人の域というか」高見泰地七段が間近で見た「武豊さんのような」超一流の風格
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byKeiji Ishikawa
posted2023/08/15 11:00
名人戦第5局、史上最年少名人と七冠獲得を達成した藤井聡太竜王名人。副立会人を務めた高見泰地七段は間近でどう感じ取っていたか
この対局、渡辺は「菊水矢倉」を組んだ。玉を囲いながら攻めていくという形に対して、藤井は終局直後の取材に〈序盤、組み上がりの辺りが少し作戦負けになってしまったかなと思っていました。その手前でもう少し工夫する手があったのではないかと〉との言葉を残している。その感覚は高見から見ても同様だったようだ。
「見た目ではおそらく、渡辺先生が勝つのではと感じていました。棋士同士で検討してみると先手玉が固く、ずっと攻めている。押しきれそうなパターンかな、と。ただ……」
藤井さんは、もう職人の域というか
藤井の勝負手が出たのは、6月1日の13時44分、72手目だった。
「そこで〈6六角〉という勝負手が出ましたが、これが本当にいい手で、そこから逆転を呼び込んだ流れになりました。その局面において“正確に指せれば”先手がよかった状況なのですが、その“正確”というのは本当に“1本の線”を最後の最後まで間違わずに引かないといけないという状況でした」
ここから形勢が入れ替わり始めた対局は、冒頭に記したように藤井の最年少名人誕生という結末を迎えた。
「藤井さんは、もう職人の域というか……周りが思っているほど、その1局であったりタイトルであったり、という視点にとらわれていないのではないか? と感じるんです」
高見がふと思い出したことがある。自身の趣味である競馬で、長年にわたってトップジョッキーの座をキープし続けている武豊の言葉だ。
「テレビ番組に出演した武豊さんが〈日本で数多く勝利を積み重ねてきた中で、次に勝ちたいレースは何ですか?〉と質問されるシーンがありました。そうしたら武さん、どのように言ったと思いますか?」
JRA通算4400勝を超え、国内・海外GIも121勝と凄まじい成績を残している武である。日本競馬界全体の悲願でもあるフランスの「凱旋門賞」なのでは――と、高見は直観的に想定していた。きっとそれは、質問者や出演者も同じだったのではないか。
藤井と武豊の言葉にある“同じニュアンス”
武の答えは違った。
「シンプルに〈次のレースです〉とおっしゃって、皆さんが〈おおーっ〉と感銘を受けたんですよね。もちろんテレビを見ていた私もです(笑)。武さんはGI、重賞、平場のレースにかかわらず、次のレースでより良い騎乗をし、勝利するために尽力しようと考えている。その答えがとてもカッコいいなと思ったんです」
藤井の名人戦後の会見の言葉を振り返ると、武の言葉と似たようなニュアンスの表現を口にしていた。