マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
下町の公立中学から“卒業生10人以上”が今夏の甲子園出場のナゼ…監督「中学野球がゴールじゃないんだよ」<練習場は50m四方の校庭>
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph bySANKEI SHIMBUN
posted2023/08/06 11:00
共栄学園のエース左腕・茂呂潤乃介。中学時代は160cm程度の小柄な体格だったという
上一色の生徒たちは驚くほど映像を見ていると西尾先生は感心している。
「芸事でもなんでも、最初はすごい人のマネから入るわけですけど、間違えちゃいけないのは、マネすればすごい人になれるわけじゃないってことです。そこは、大人がきちっと言って聞かせないと。いちばん肝心なのは、その生徒の身体能力や動きのメカニズムに合ってるかどうか。そこはしっかり見極めてあげたいですね」
今、教えることがあるとすれば、理論より「練習方法」だという。
「まず、投げること。つまり、キャッチボールですね。ウチのグラウンドは最大で40mぐらいしか広がれないので、その40mを低く強く投げるキャッチボールをするんです。自然と、ボールに指をかけて鋭く腕を振るいいフォームを覚える。それと部員も多いので、隣の選手との間隔が1mぐらい。ぶつけちゃいけないから、結果としてコントロールも身についているように思います」
年始の練習始めには、グラウンドを埋め尽くすOBの姿が…!
西尾先生の上一色指導18年の蓄積が「見える化」されるのが、毎年1月4日の練習始めの日だ。
50m四方のグラウンドを埋め尽くすOBたちの姿。ユニフォームあり、ジャージあり、お正月なのに、誰もが野球の格好で集まる。
高校生がいる、大学生がいる、すでに社会に出た者の懐かしい顔もある。プロに進んだ者は、「アマチュア」たちの中で気を遣って、隅のほうで、それでも嬉しそうに眺めている。
同期生同士でキャッチボールをする者、中学生たちと野球をする者。100人なんか、軽く超えているだろう。
「私は、野球部の生徒に関しては、叱るべき時はガンガン叱りました。誰が見ていようが、『今、叱らなかったら……』と思う時は、心から叱りました。それなのに、ほんとによく、みんな戻ってきてくれます。そういう姿を見て、今の選手たちが、きっといろんな事を考えるはずなんです。私などがワーワー言うより、そっちのほうが、何よりの教育になってるんじゃないかなぁ」
この夏も都大会で優勝して関東大会に進んだ上一色中学野球部。
実戦の場では、頑張れば報われることを体感しながら、野球部の日常の中で、少年たちはもっと大切でかけがえのないものを感じ取っていく。
「人が育つ」とは、そういうことなのかもしれない。