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「二軍すら入れず、酒を飲む日々」部員100人、東大野球部の厳しい現実 「偏差値45から東大合格」そしてドン底に落ち…大学4年間最後に起こった“奇跡” 

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沼澤典史

沼澤典史Norifumi Numazawa

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posted2023/05/16 17:02

「二軍すら入れず、酒を飲む日々」部員100人、東大野球部の厳しい現実 「偏差値45から東大合格」そしてドン底に落ち…大学4年間最後に起こった“奇跡”<Number Web>

偏差値45から東大に逆転合格した佐藤有為

 そう佐藤が言うと、井手峻東大監督はすかさず主審へ代打を告げた。リーグ戦の神宮球場に初めて佐藤の名前がコールされる。決して思い出作りや温情での出場ではなく、佐藤が自分自身で引き寄せた出場だ。188cm、109kgの大きな体躯を揺らし、佐藤が左バッターボックスに入る。

 しかし、そんな佐藤の大きなストライクゾーンに石田のボールは入ってこない。3球ボールが続き、4球目も低めに逸れる。佐藤の最初で最後の打席は一度もバットを振ることなく、4連続ボールでのフォアボールとなったのだ。

「最初で最後のチャンス」涙が浮かんでいた

 フォアボールが宣告され、一塁へ向かう佐藤は小さくガッツポーズを作る。代走を出された佐藤はそのままベンチに戻ったが、その目には涙が浮かんでいた。

「法政のピッチャーが石田で、キャッチャーが是澤涼輔。これはあのタイムリーを打ったフレッシュリーグとまったく同じだったんです。運命なのかなって思いましたね。もちろん、振ってヒットが打てたら良かったと思いますけど、ちょうどよかったんじゃないですかね。フォアボールで」

 ちょうどよかった、とはどういう意味なのか。

「東大野球部らしく、自分を犠牲にして、最後フォアボールを選んだっていうのがちょうどいいというか。僕は練習が終わった後に、地元の友達と飲みに行って愚痴を垂れるような東大野球部らしくない人間なのに、最後に東大野球部らしく終われて、よかったなって思ったんです」

 もちろん、なんとかヒットを打って終わりたい、と葛藤した瞬間もあったという。しかし、佐藤は「それはダサい」と打席の中で切り捨てた。

「ちょっとくらいボール球でもいいから振っちゃえという、悪魔のささやきはありましたが、スリーボールになった時点でその考えは完全に捨てて、フォアボールを選んだ方がチームのためだなと考えました。そもそも、甲子園経験者に勝ちたいと思って東大に入ったのに、勝つための最善策を選ばず、ヒットを打ちたいという自分の欲を優先するってダサいっすよね。仮にヒットを打ったとしても、そのときはかっこいいですけど、5点差で、ノーアウト、ノースリーの場面で、パッと振るような人は、長い目で見ればダサい人間だと思います」

 野球部を辞めなかったのも「ダサい」から。ダサくない道を選ぶことが、佐藤の人生哲学なのだろう。そこには彼の芯の強さが窺える。

 9回裏に最初で最後のチャンスをくれたものの、打席の中で人間を試すような展開を用意した野球の神様はなんと意地悪か。

「でも、あの涙はなんなんでしょうね…」

 そして、佐藤はガッツポーズと涙のワケをこう話した。

【次ページ】 「でも、あの涙はなんなんでしょうね…」

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