マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
「スカウトがそこまでするんですか?」オリックスのスカウトに聞いて驚いた“意外な仕事”「プロ野球に“入れてやる”なんて時代ではない」
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byGetty Images
posted2022/08/15 17:00
この夏、筆者はオリックス・バファローズの牧田勝吾スカウトに行く先々で“偶然”出会う。そんな牧田スカウトが明かした“意外な仕事”とは?
「最近は若いスカウトも増えてきて、スカウトというのは人と会って、話を聞いてもらう仕事なのに、日常の仲間同士の挨拶もきちんとできないスカウトもいます。残念だし、ちょっと悲しいです。僕らの仕事は、選手を評価するだけじゃない。そこから先が大切で、こちらを信頼してもらえないと、選手のことも、本当のところを伝えてもらえないこともあります」
牧田スカウト自身、駆け出しの頃の数年間、そんな苦労をさんざん重ねてきた。
「大切な教え子さんや息子さんを託されるにふさわしいスカウトになりたいなぁ。勝手に、そう思ってきました」
以前、牧田スカウトは、後輩の若いスカウトを厳しく叱ったことがあるという。
「アマチュア野球関係者の、おそらく年齢も上の方だと思うんですが、その方を相手に、腕を組んで話していたんです」
明らかに、上からものを言っている。唯一、プロ・アマの窓口となる立場の人間の態度じゃない。もし、やめられないのなら、スカウトを辞めろ。
指導は峻烈を極めたという。
「スカウトも、十何年かやってると、だんだんと口うるさいことも言わなきゃならなくなって……」
「トイレ掃除を続けられるかい?」
そう言って笑う牧田スカウトは、プロに進む選手たちにも、それにふさわしい「人間」であってほしいと願う。
「プロ志望届が提出されたら、リストに挙げている高校生のところに、意思の確認に回るんですけど……訊いてみるんです、私。プロを目指す者として、何が大事? みんな、スイングスピードとか、変化球の精度とか答えます。そうじゃないんだよ、野球界の最高峰を目指すにふさわしい人間性じゃないかな……グラウンドの石拾いが続けられるかい? トイレ掃除を続けられるかい? もし、君がそういうことを続けて、プロに対する熱意を体現できたら、それはそのまま、僕が球団に君を推薦する熱意に変わってくるんだよ。さすが、プロに進む選手は違う……みんなが君を見る目も違ってくる。野球もすごいけど、人間としてもすごいな。それが本当の意味でのリスペクト、敬意ってもんじゃないのかな。心構えなんて言ったら、それこそ偉そうになってしまうんですけど、そんな話もさせてもらうんです」
ひとりのプロ野球スカウトのこんな取り組みが、どんな波紋を広げて、どのような野球界の未来の一部になっていくのか。何年も後にならないと答えの出ないことかもしれないが、何かを変えていく最初の一歩は、いつもこうした音もなく投じられたささやかな「一石」ではないか。
「27でドラフトされて、28の歳から7年プレーさせていただいて、合計100試合にも出られなかった自分ですから、選手としては“三流”にも届かないぐらいだったと思いますが、それだけに、出来ることより出来ないことのほうが多い人間の辛さは、一流選手よりずっとわかっています。そこは、間違いなく自分の武器だと思ってるんで、これからも、人の気持ちを大切にしたスカウト活動みたいなところで、働いていければ……なんて、考えてるんです。ウチ、選手を見られる優秀なスカウトは揃ってますので」
最後は、同僚のスカウトたちを立てながら、思いの丈を語ってくれた。
今年のドラフト会議は10月20日。
夏の甲子園が終わってしまえば、あっという間の2カ月たらず。
いったん甲子園のネット裏に参集したスカウトたちは、ドラフトの準備のために、高校野球の新チームを見に行くために、再び全国各地に散っていく。
甲子園のネット裏には、もうトンボが飛び始めている。