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“中田にキレられた”宮本恒靖の言葉から紐解くW杯初勝利の裏側…“脱・フラット3”で勝ったロシア戦《20年前のマッチレポート》
posted2022/06/09 11:00
text by
金子達仁Tatsuhito Kaneko
photograph by
Getty Images
宮本の先発出場を告げる場内のアナウンスに、驚きの声は上がらなかった。それが、私には驚きだった。
脳裏にこびりついていたのは、ベルギー戦の終盤にあったワンシーンである。森岡の負傷によって急遽投入された宮本は、すでに70分をプレーしていた他のディフェンスラインのメンバーと明らかに息が合っていなかった。彼だけに責任があるわけではないが、2-1からの同点ゴールは、明らかにラインコントロールのミスだった。
しかし、同点に追いつかれてもなお宮本は浅いラインを敷こうとしていた。
彼はセンターバックとしては決して体格に恵まれている方ではない。ゴール前でのヘディングの競り合いを避けたい、少しでも自陣のゴールから遠いところで相手の攻撃の芽を摘み取りたいとの気持ちは痛いほどわかった。だが、他のディフェンダーたちの考えは違った。70分を戦ったことで、彼らはサイドを深くえぐられないかぎり、大柄なベルギーといえどもさして恐れる必要がないということがわかってきていた。
勝ち点を獲得するためには、もう1点も与えるわけにはいかない。日本選手たちがめざすものは同じだった。ただ、そのためにどうするベきかという万法論は、選手によって違った。はっきり言えば、宮本だけが違っていた。
それを、中田が怒っていたのだ。
それが、私には忘れられなかった。
血相を変えて怒鳴っていた中田
中田英寿が味方を叱責するのであれば、私もそうは驚かなかっただろう。だが、ラインをあげようとする宮本に、血相を変えて怒鳴っていたのは中田浩二だった。幸い、以後、ベルギーの攻撃が日本ゴールを脅かすことはなかったものの、生命線とも言えるディフェンスラインに明らかな考え方の違いが横たわっていることに、私は強いショックを受けてしまった。
だから私は、記者に配られるスターティングメンバーのリストに森岡の名前がないことに気づいた瞬間、思わず素っ頓狂な呻き声をあげてしまった。おそらく、そうした反応は私だけに限った話ではなかったのだろう。通りかかったフリーのライター仲間は、「やっと気づいたのか」とばかりに苦笑を浮かべていた。
だが、間接的に森岡の欠場を伝えることになる宮本の名前に、場内は何の反応も示さなかった。ファンは何の不安も感じていないのか。それとも、不安を押し隠しているだけなのか。その答えを推し量りかねているうちに、キックオフの笛が鳴った。