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「名古屋はあの移籍で8億円を手にした」“ブラジル通”代理人に聞く、Jリーグ移籍金ビジネスの裏側「Jクラブは投資型補強の意識が低い」
text by
栗原正夫Masao Kurihara
photograph byGetty Images
posted2022/03/25 11:03
今季は柏でプレーするドウグラス。2010年にJ2徳島へ期限付き移籍。その後、徳島が経済権の51%を買って14年に完全移籍の形となった
「徳島はドウグラスを50万ドルで獲得していました。経済権の仕組みについていえば、当時、徳島はトンベンセFCに満額を払う余裕がなかったので、経済権の51%だけを買って、残りの49%はトンベンセFCに残したままにしていました。そこで両クラブはドウグラスの将来的な移籍金を300万ドルに設定し、アルアインに移籍時にその割合に応じて移籍金を分け合いました。この仕組みは、お互いのクラブにとってリスクヘッジになりますし、ブラジルではよくあること。最近では日本人選手が海外移籍する場合に、経済権という形を使っているようですが、まだまだ日本のクラブは選手の移籍を投資と考えるような意識が低いと思います」
「最終的な決定権は誰にあるのか」を見極める
大金が動くことも少なくない世界だ。人種のるつぼともいえるブラジルや海外の強欲なエージェントと長年仕事をしてきたならば、交渉のなかで騙されてしまったという経験などがあってもおかしくなさそうだが、稲川はそうしたことは一切ないという。
「言いたいことはわかりますが、それはないですね。まあ、どうしても外国人が相手で、取引先が日本だとわかると、金額を吹っ掛けてくるようなことはあります。ただ、ウチには優秀な日系人スタッフもいますし。交渉では極力最後まで日本(のクラブ)と言わないようなやり方をしています。
選手をあるクラブに移籍させようと思えば、移籍先のクラブの監督が『その選手を入れる替わりに……』なんて言ってくるようなグレーな駆け引きが出てくることもなくはない。ただ、どんな交渉でも大事なのは、その取引において最終的な決定権を持っているのが誰かをしっかり見極めること。会長なのか、監督なのか、あるいは強化部長なのか……ここが難しいところではあるのですが、代理人の仕事はいい選手を見つけるだけでは終わりません。うまく突破口を探して、移籍をまとめて初めてビジネスとして成立するわけですから」
稲川はこれまでに、そうした巧みな駆け引きを何度も繰り返してきた。だが、それは自身の利益のためというよりも、サッカーが好きで、日本サッカーに貢献したいという気持ちからである。
「外国人選手を扱うと確かに実入りになります。ただ、そのぶん年俸1000万円以下のJリーガーのエージェントになる場合はほとんどお金は取らない。1000万円を超えて初めて5%の手数料を取るような形でやっています。19歳で年俸500万円で凄いといっても、その選手の一生のことを考えたらそうじゃない。それで選手から10%も取っていたら、仕事だと言ってもただの鬼じゃないですか。だから、日本人で契約している選手には、外国人選手の移籍で稼がせてもらったぶん格安で面倒見ているんだよと恩着せがましく言っています(笑)。
代理人として30年近く、MVPや優勝に貢献するような選手を連れてこれて、やりたいことはだいぶ前に終わりました。私もサッカーが好きですし、Jクラブがなくなってしまえば、私たちの仕事もなくなってしまう。だから、外国人選手の獲得にしてもJクラブの経営を豊かにするような形で携わりたいと思っているんです」
インタビュー終わりに写真の撮影をお願いすると、「別に悪いことをやっているわけじゃないですが、自分はアンダーグラウンドの人間ですから」とやんわり断られた。なかにはスマートないでたちで、出たがりのエージェントもいるが、稲川はどっしりと構え、職人気質な雰囲気を漂わせている。そんなところも、彼が長く多くの選手やクラブから信用を集めている理由の1つなのだろう。
<#1、#2から続く>