核心にシュートを!BACK NUMBER
森保監督の著書を徹底解析して分かった、日本代表からぬぐえない“危機感”の正体「プロセスは明かさない」「絶対に許さないタイプは…」
text by
ミムラユウスケYusuke Mimura
photograph byKiichi Matsumoto/JMPA
posted2021/12/06 17:03
10月12日のオーストラリア戦で声を張り上げる森保一監督
そして、もう1つ。
確かに、オーストラリア代表は今までも、これからも、良きライバルであり続けるだろう。彼らの存在は日本代表が成長するうえでの助けになる。
しかし、である。オーストラリア代表には最大限のリスペクトを払いつつも、今予選の彼らの実力についてはきちんと測らないといけない。例えば、岡田氏が代表監督時に挑んだ南アフリカW杯最終予選のオーストラリア代表とは、日本から見て対戦成績が1分1敗だったが、当時のチームと今のチームでは格が違う。
そういえば先日、オーストラリア代表のレジェンドFWで日本のゴールを何度もやぶってきたティム・ケーヒル氏が、現在のオーストラリア代表でイングランドのプレミアリーグでプレーする選手が1人もいないという、以前はありえなかった状況を嘆くインタビューが話題になった。
W杯予選でオマーンに負けた。サウジアラビアにも負けた。でも、オーストラリアには勝ったから、W杯出場が決まったかのように無邪気に喜ぶようでは……。判断基準が崩壊しかねない。そこに危機はある。
森保監督が「情報量」を重視するからこそ…
W杯予選は厳しい戦いがあるのは事実だ。ただ、だからといって、目の前の試合のレベルでしか物事を判断できなくなるようではダメだ。W杯の本大会は、予選とは似て非なるレベルにあるのだから。
あの試合で選手たちの個人戦術のなかには特筆すべきものはあった。しかし、リーダーが無邪気に喜びすぎるのは、あまりに心もとない。
森保監督の思いがこもった書籍をもとに現在の状況を考察していくと、彼が確固たる信念を持っていることはしっかり伝わってくる。その一方で、オーストラリア戦の後の振る舞いには強い危機感を覚えるのである。
森保監督が日本代表の監督にふさわしいかどうかを問われたら、答えは否。ただ、「良い人かどうか」、「一緒に仕事をしたいタイプの人かどうか」と聞かれたら、胸を張って「はい」と答えられる。
ただ、ちまたにあふれている「森保監督には戦術がない」という批判は、「木を見て森を見ず」の状態に陥っているものではないだろうか。このチームには、どのように戦っていくのかを選手たちと対話をしながら決めていくというコンセプトがあるからだ。しかしカタールW杯をにらんだとき、そうしたコンセプトを含めた森保監督の戦略そのものに、非常に大きな不安があると筆者の目には映っている。
カタールW杯まで1年を切ったいま、この体制で、日本代表はカタールW杯へと向かっている。
本当にこのままで良いのだろうか。
問い続けないといけない。日本代表は、日本国民である私たちを代表する存在だからだ。
そして、もう一つ重要な理由がある。森保監督が文系マインドを持ち、情報量で勝負する人だからだ。批評や意見は、いくつかの場所を経由したとしても、きちんと日本代表監督に届く。
例えば、11月の代表期間中にかつて森保監督が批判的な意見を述べた記者に対して「それはあなたが監督になったときにやってください」と発言したことが話題になると、それ以降は周囲からの意見を聞くという意思表示を繰り返してくれるようになった。11月のオマーン戦のあとの記者会見で「序列がある」と語ったことがクローズアップされると、それをしっかりと補足するような発言を続けている。実際に監督自身が情報を収集しているかどうかは別として、報道を含めた、世間の声をきちんと聞いていると考えて間違いないだろう。
「監督の戦術眼に難がある」と唱えるだけでは、批判のための批判でしかない。彼らの構造を理解して、どこに問題があるのかを考えて、発信していく。私たちの代表チームの未来のために、思考を止めてはいけない。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。