ツバメの観察日記BACK NUMBER
「ノムさんはどう見たのだろう…」極寒の神戸で思い返す“28年前の秋” ヤクルトとオリックスの激闘こそ「プロ野球のあるべき姿」
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph byHideki Sugiyama
posted2021/12/01 11:02
試合後、日本一に輝いたヤクルトの高津臣吾監督は、オリックスのエース・山本由伸と握手。互いの健闘を称え合った
予告先発を拒否した高津監督に「野村イズム」を見た
92年日本シリーズ開幕前日のこと。西武・森祇晶、ヤクルト・野村克也両監督は監督会議の席上で激しい「舌戦」を繰り広げた。いや、野村が一方的に森を挑発し続けていた。後に野村は、「それは弱者の戦法だった」と語ったように、王者・西武に対して、少しでも揺さぶりをかけようと必死だったのだ。
今年の監督会議では「予告先発の有無」をめぐって静かな攻防が繰り広げられた。予告先発を認めるオリックス・中嶋聡監督に対して、高津監督は頑なに「ノー」と主張し、結局、予告先発は行われないことになった。間違いなく、恩師である野村も「予告先発はしない」と主張したことだろう。高津の言動に野村の影を見たような気がした。
さらに、このシリーズでは高津監督の投手起用の凄みを強く感じた。たとえば、シリーズの行方を左右する大事な初戦をプロ2年目20歳の奥川恭伸に託したこと。第2戦先発の高橋奎二を最後まで続投させて、プロ初完投、初完封に導いたこと。あるいは、第3戦の4番手として起用した石山泰稚を回跨ぎさせて、オリックス打線の4人を完璧に封じたこと。さらに、最終第6戦では守護神であるスコット・マクガフを10回2死からマウンドに送り、11回、12回と2イニングと1/3回を任せて、自軍の反撃をじっと待ったこと……。
京セラドーム大阪のスタンドから見ていて、「高橋奎二は8回で交代するのだろう」と思っていた。しかし、高津監督は彼にとって初めてとなる9回のマウンドに高橋を送り込んだ。前夜、マクガフが手痛いサヨナラ打を喫していたことも遠因にあるのだろう。それでも、CSの大舞台で奥川に初完投、初完封を経験させたように、日本シリーズという緊迫した試合で、高橋のさらなるレベルアップを図ったのだ。こんな大事な場面で、「勝敗と育成」を両立させた高津監督の手腕に舌を巻いた。
山本由伸の圧倒的なピッチングは92年の石井丈裕のごとく
一方のオリックスでは初戦と第6戦に圧巻のピッチングを披露した山本由伸の圧倒的存在感が忘れられない。92年、西武投手陣の主役となったのが石井丈裕だった。山本同様、この年の石井もまた、日本シリーズ途中に沢村賞を獲得。ヤクルト打線の前に立ちふさがった。あのときの石井はまったく打てる気がしなかった。今回の山本もまったく同様だった。
92年日本シリーズ第7戦は、西武・石井、ヤクルト・岡林洋一両投手がともに延長10回、最後まで投げ合う投手戦を見せた。石井は155球、岡林は160球を投げ抜く力投だった。今年の第6戦で山本が見せた「魂の141球」は、それに匹敵する感動的なピッチングだった。