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「あいつはひとりぼっちだな」なぜ62年目の北島忠治は、“群れない狼・吉田義人”を明大のキャプテンにしたのか?
posted2021/05/01 17:02
text by
藤島大Dai Fujishima
photograph by
Masato Daito
初出:「Sports Graphic Number」2021年2月4日発売号〈明治大学「その男、絶対につき」~1990年・吉田義人~ /肩書などはすべて当時〉
伝説の主将だけど…… 当時は「まとまらないな、と」
札幌は雪模様。手がかじかむ。脂で重たいラーメンのスープがありがたかった。
あの優勝チームのもう片側の翼であった大手建設会社勤務、丹羽政彦がオフィス近くの喫茶店に足を運んでくれた。
「あの時代の明治のキャプテンは先陣を切り、すべてを仕切るんです。練習のプランニングを含めて」
いまでこそ、つまり、結果をわかっているので、ならば吉田義人が適任と考えられる。だが同じ歳月を歩んだ同じ年齢の部員の実感はそうではなかった。
「まとまらないな、と思ってしまいましたね。うちの実力のある連中をまとめるのは難しいのではと」
実際に軋轢はあった。あったはずだ。ハードワークに異論反論はつきもの、唯我の道を突き進むリーダーシップが波風と無縁なんてありえない。
「細かく話せば、いろいろありました。でも荒療治がなければ勝てなかった」
丹羽は明治の前監督である。'17年度ファイナルで帝京大学に1点差で敗れて勇退した。翌シーズン、22年ぶりにもたらされた全国制覇の礎を築いた。時を経て、コーチングの経験を積んで、ゆえに過去のあれこれをいっそう理解できる。
「学生の考えでは、まとまりが大切なんです。でも北島先生は奥深いところを見ていた。吉田と決めていたのでしょう」
平時の統率では間に合わない。爆弾投下の荒療治でなくては。さいわい「4年生の絆が強かった」。決まったのだから全力でサポートしよう。あれこれ申さずついていこう。才能集団に芯が通った。
走る。考える。また走る。
夏合宿の地獄練習「片道15kmのクロスカントリー」
「津軽富士」と呼ばれる青森の岩木山における夏合宿は語り草である。「片道15kmのクロスカントリー。2時に出て6時に帰ってきた」。吉田主将の明治は国立競技場で脚が衰えなかった。赤黒ジャージィの速攻に抜かれても重量FWがよく戻った。
「大きい人間が走ったら勝つ。理にかなっているんです」
凱歌にスタイルは不可欠だ。
「吉田にいかにボールを持たせるか。そこからの逆算。ジャパンで学んだことだけでなくオリジナリティーもあった」