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「練習が嫌で脱走しました」「1日ご飯7合食べてます」廃部寸前から初の甲子園 “離島の球児”が証言するセンバツまでの2年半【大崎高校】

posted2021/03/18 18:23

 
「練習が嫌で脱走しました」「1日ご飯7合食べてます」廃部寸前から初の甲子園 “離島の球児”が証言するセンバツまでの2年半【大崎高校】<Number Web> photograph by KYODO

昨年11月、九州地区大会の準々決勝で延岡学園(宮崎)に競り勝つ。センバツ有力となり試合後に喜ぶ大崎高校の選手たち

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中村計

中村計Kei Nakamura

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 まるでおとぎ話だ。長崎県の離島、大島の県立大崎高校が昨秋の九州大会を制し、この春、選抜高等学校野球大会に初出場する。半島と小さな島々からなる西海市の高校としては史上初の甲子園となる。もちろん、部員全員が長崎県出身だ。驚くのはそれだけではない。1人の監督が、わずか2年半で、廃部寸前まで追い込まれていた弱小チームを一気に生まれ変わらせたのだ。監督の名前は、清水央彦。清峰(長崎)のコーチおよび部長として春夏計4度甲子園に出場し、佐世保実業(長崎)では監督として2度甲子園に導いた。清水は野球関係者の間では伝説的な名指導者だ。理論派であると同時に厳しいことで有名でもある。そんな清水のもとで「奇跡」を起こした主将の秋山章一郎、エースの坂本安司、一昨年の冬、ある「大事件」を起こした二塁手の村上直也に話を聞いた(全3回の3回目/#1#2へ)。

(1)主将の秋山に聞く「練習は厳しい?」

――練習中、みんな笑わないですよね?

秋山 変な笑顔はいらないです。それだけでも雰囲気が乱れるので。楽しく練習したいというのはありますけど、そういうことじゃないと思うんで。監督も、そういうの、嫌いなので。

――清水さん、確かに嫌いそうですよね……。でも、清水さんの指導を受けた清峰もそうですが、ニコリともしないので得体のしれない感じが漂っていて、迫力がありましたよね。秋山君は、雲仙市から来ているということですが、どういう経緯で大崎を選んだのですか。

秋山 自分の兄は4つ上なんですけど、兄の先輩が佐世保実業で清水監督の指導を受けていて、その評判を聞いていまして。お前も本気で野球をやりたいなら清水監督のところへ行った方がいいと言われたんです。

――厳しいという噂は、当然聞いてたんですよね。

秋山 練習のときは厳しいんですけど、寮生活ではやさしいんで。

――厳しさはイメージ通りでしたか。

秋山 厳しいというか、練習の質が高いということだと思います。たとえば、二塁からヒット1本で帰ってくるのに6秒8以内じゃなければならない。なのに7秒もかかっていたら、それは厳しく言われます。中学までは、理不尽というか、そんなことで怒るのは違うんじゃないかと思うことがけっこうあった。でも、清水監督にそれはない。なので納得できる。

「佐世保実業のときも、ほんとに怖かったらしいです」

――清峰時代の選手は、清水さんがあまりにも厳しいので、ほとんどの選手が「殺意を抱いたことがある」と冗談半分に言っていました。ただ、一方で、秋山君と同じようにすごく感謝もしていました。

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