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「打ったあと、そこにいなかった」と志朗に思わせた那須川天心の絶妙な技術「今回は距離も騙しました」 

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布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

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photograph byNagao Susumu

posted2021/03/03 11:04

「打ったあと、そこにいなかった」と志朗に思わせた那須川天心の絶妙な技術「今回は距離も騙しました」<Number Web> photograph by Nagao Susumu

打倒神童に燃えた志朗(右)は、那須川天心も認める格闘家に成長している

「志朗君に勝つためには新しい引き出しを」

 昨年大晦日のRIZINで実現したクマンドーイとの一戦も天心のマインドを変える大きなきっかけになった。勝つには勝った。しかしながらムエタイ選手の十八番であるミドルを何発も浴びるなど、打たせずに打つスタイルを信条とする天心らしくない試合をしてしまったことも事実。この時点ですでに志朗との再戦が決まっていた天心は決意した。

「志朗君に勝つためには新しい引き出しを用意しなければいけない」

 志朗のことを考えているうちに、天心は対戦相手の先に自分がいることに気づいた。

「自分が自分と闘うなら、どうやって闘おうか。何を警戒するのか」

 性格こそ違えど、格闘技に対する思考に関していえばふたりには重なり合う部分が多い。だからこそ仮想・志朗を立てようとしたときに自分が出てきたのだろう。天心は1カ月も2カ月もストレートを打つふりをしてジャブといった反復練習を繰り返した。

「僕は器用な方ではないので、何回も繰り返してやって身につく。地道な作業でしたね」

 天才と形容されることも多い天心だが、その裏で目に見えない努力を欠かさない。

あと1年でいなくなるキックボクサー天心

 試合が終わればノーサイド。控室で天心と志朗は「あのとき、これを狙っていたでしょ?」というやりとりを続けてみたら、それぞれの指摘はほとんど図星だったという。天心が仮想・志朗を自分に見立てたことは決して間違いではなかった。

 今回の激闘が、もうひとつ明らかにしてくれたものがある。たとえKOやダウンがなくても、目に見えない部分で壮絶なフェイント合戦が繰り広げられたとしても、第三者が選手が背負うサイドストーリーを把握し、尋常ではない緊張感が伝われば試合は白熱するということだ。

 勝った天心のフィジカルトレーナーを務める一方で、志朗の戦術&フィジカルトレーナーも務めるという複雑な立場からようやく解放されたニックはしみじみと呟いた。

「キックをさらに進化させるためには、ああいう展開が理解できるファンがもっと増えてほしい」

 志朗の前からだけではなく、我々の前からもキックボクサー天心はあと1年でいなくなる。キックボクシングは卒業ということだ。これからカウントダウンが始まるが、新しいキックボクシングの種は蒔かれた。

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