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「打ったあと、そこにいなかった」と志朗に思わせた那須川天心の絶妙な技術「今回は距離も騙しました」
text by
布施鋼治Koji Fuse
photograph byNagao Susumu
posted2021/03/03 11:04
打倒神童に燃えた志朗(右)は、那須川天心も認める格闘家に成長している
「天心は相手側のセコンドの指示で動けるから」
両者は一昨年9月に初対決を実現させている。そのときもフェイント合戦を繰り広げた末、天心が判定勝ちを収めている。試合結果だけを見れば同じながら、中身はかなり異なるのではないか。前回志朗は神童のスピードに何とかついていきながらカウンターの一撃を狙うという展開だったが、今回はボクシングスキルを大幅にアップさせ、スピードを伴うやりとりになっても「決して負けない」という自信を胸に秘めてのリングインだったからだ。
案の定、1ラウンド開始早々、志朗が見せた右のリードパンチのスピードと鋭さはこの一戦にかける並々ならぬ決意を感じさせた。その際、ニックは暗号を口にして指示を送っている。日本語だと天心に一歩先を読まれると見越したうえでの行動だった。
ニックは「試合後、天心から『あれ(暗号)はどういう意味ですか』と質問された」ことを明かす。「天心は相手側のセコンドの指示で動ける人間ですからね。やっぱり『上下を狙え』という指示を出したら相手にバレバレ。だからほとんど僕と志朗にしかわからない暗号でやりとりをしていた感じですね」
しかし、その後志朗の攻撃は尻すぼみ。2R以降はスピード勝負に行きたくてもいけない。連打を打ちたくても、打てない。明らかに攻めあぐねているように見受けられた。全ては想定外ともいえる天心の動きが原因だった。
天心は志朗の成長に「今のままでは勝てない」と感じた
1R、志朗サイドは「最初の1分半は見よう」という作戦を立てていたと打ち明ける。
「天心は距離を潰してくるだろう。最初の1分半さえ気をつければ、そこから落ち着いた展開になるだろうと予想していました。だから遠い距離からジャブをつき、天心の出方を見ようと思っていた」(ニック)
しかし、天心は必要以上にこなかった。しかもパンチよりキックを中心に試合を組み立ててきた。志朗サイドにとっては予想外の展開の始まりだった。
「最近はボクシングスタイルが多かったので、蹴りがメインで、さらにあそこまで蹴ってくるとは思っていなかった」(同)
天心は最近の志朗の試合ぶりを目の当たりにして、ライバルと認めつつある存在の成長をまざまざと感じていた。「いまのままでは勝てない」とさえ感じていた。