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「打ったあと、そこにいなかった」と志朗に思わせた那須川天心の絶妙な技術「今回は距離も騙しました」
posted2021/03/03 11:04
text by
布施鋼治Koji Fuse
photograph by
Nagao Susumu
「打ったあと、天心はそこにいなかった」
試合後、志朗はセコンドに付いたトレーナーの永末ニック貴之にそう漏らした。
いったいどういうことなのか。試合後の会見で志朗は詳細を語っている。
「ジャブを打って、次にボディを打とうと思ったら、もう天心君は射程圏内にいなかった。あの動きを捕まえる人はいるのかなと思いましたね」
『RISE ELDORADO 2021』(2月28日・横浜アリーナ)で行なわれた那須川天心vs.志朗は天心が判定勝ちを収めた。ジャッジのスコアは3者とも30-28。数字だけをみれば天心の圧勝に見えるが、どちらかが明らかに効いた素振りを見せた場面は皆無だった。しかしながら最初から最後まで緊張の糸が張りつめた一戦だった。
那須川天心「180秒間、騙し続ける」
そうなった理由はひとつしかない。天心と志朗はずっと細かいフェイントを掛け合いながら試合を続けていたのである。
志朗は「向き合ってる時にコンマ何秒でやりとりをしているんですよ」と思い返す。
「ガードの位置や目線の位置もそうだし、2回目は同じ攻撃はさせないようにしたりとか、すごく頭を使いました」
頭脳戦という部分では天心も同意する。
「僕のストレートを警戒してくることはわかっていたので、今回はストレートをメインではなく、ジャブを使いました。いつもならワンツーでいくところをワンで止め、わざともう一度ワンで行くとか。『ストレートが来るんじゃないか』と思わせ、『あれ? 来ない』という瞬間にジャブを当てにいきました」
大会直前の公開練習で天心は「180秒間、騙し続ける」という謎かけのような発言を残しているが、その答えは新しいフェイントだった。最近の志朗の言動や試合ぶりから「僕の速いスピードを研究しながら練習している」と判断したうえでの決断だった。
「だったら、速いと想定している自分の動きを遅くしたりすれば逆がとれる」
野球に例えると、ストレートを狙っていた打者に対してスローボールを投げるようなものか。
「そうですね。早く入ってゆっくり打つ。反対にゆっくり入って早く打つ。そのギャップですね」
それだけではない。自ら攻撃を仕掛けると、以前にも増してその場所から即座に移動することを意識して闘っていた。それも功を奏したので、志朗は冒頭のように脱帽せざるをえなかった。天心は「だから志朗君からしたら距離が遠い」と種を明かした。
「今回は距離も騙しました」