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柳沢敦はゲルト・ミュラーの「13」、黄金世代は出身校で決定? 鹿島・鈴木満FDが語る“伝統の背番号”秘話
text by
池田博一Hirokazu Ikeda
photograph byKASHIMA ANTLERS
posted2021/02/26 11:00
ゲルト・ミュラーのように“点取り屋”になって欲しいと願いを込められて「13番」を背負った柳沢敦。その活躍で鹿島にとって特別な番号となった
柴崎岳らプラチナ世代のときは?
2011年にはプラチナ世代といわれた4選手が加入。そのときは将来への思いが重なった。
「柴崎岳、土居聖真、昌子源、梅鉢貴秀が加入したときは、そのポジションごとで将来なってほしい背番号に20を加えた番号をつけました。将来的にその十の位が取れて、レギュラー番号にふさわしい選手になってほしいという思いを込めて」
土居聖真は、28をつけてプロ生活をスタート。その思いに応える活躍を見せて、今では十の位の2が取れて「8」を着けている。今年で7年目を迎えた。
「最初はあまり意味を持たない番号もありましたが、そこで選手が頑張って活躍して、出世していった。そのなかで、もともとの番号が出世番号であったり、ラッキー番号であったり、番号に重みや価値をもたらしていった。そういう番号っていくつかあるんです」
初めて大きな番号をつけたゴールデンエイジの選手たちが築いたもの。それを今の選手への期待に当てはめているという。
「26番なんかは中田浩二が最初につけた番号ですが、昨年26番をつけた荒木が、内田篤人以来の新人でスタメン出場を果たし、試合にもかなり出場して活躍しました。そこで、今年期待の新人である須藤直輝に、“昨年の荒木のような活躍をしてほしい”という思いを持って、26を与えました。24は本山雅志が新人のときに着けた番号ですが、背番号10を背負うまで成長した本山のようになってほしいという期待を込めて、今年新人として加入した小川優介に与えました」
ジーコ、レオナルド、ビルマスク、本山
たくさんの背番号の中でも、やはり10番は特別だ。
アントラーズの10番といえば、「チームを勝利に導く決定的な仕事ができる選手」。ジーコに始まり、レオナルド、ビスマルク、本山らがこれまで背負ってきた。
「サッカーのエースナンバーというのは10ですから、みんなの憧れの番号ですよね。ジーコがよく『一流の選手は100回ボールにさわって80%はミスをしない。超一流の選手は3回しかボールにさわらなくても決定的な仕事をする』という話をします。そういう選手に10番を背負ってもらいたいと思っています。
ただ、アントラーズではあまり『10番をつけたい』と言ってくる選手がいないんです。やはりジーコのイメージがあって、特にブラジル人なんかは恐れ多くて10番をつけられないということで、希望してきた選手はこれまでもいませんでした。アントラーズの10番には、そういった重みがありますよね」
ジーコが欠場したとき、誰が10番に?
10番にまつわるやりとりで、鈴木満FDの脳裏に深く刻まれていることがある。
「アントラーズの黎明期を支えてくれた、サントスという選手がいました。当時、彼に『10番を着けるのはどうだ』という話をしたとき、『ちょっと僕は恐れ多くてつけられない』という言葉があったことを覚えています」
当時はまだ固定番号制ではなかった。ジーコが欠場したとき、誰が10番を着けるのか。
「結局、サントスが拒否したことで、石井正忠が10番をつけることが多かった。石井はユーティリティーな選手だったので、空いた番号をつけていく形で、2番から11番まで全部つけた選手でした。これは固定番号の前ですけどね。助っ人として加入したブラジル人が、ためらってしまう。それくらい、アントラーズの10番というのは重みがあるものなんです」