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植村直己、星野道夫と“同じ”43歳で遭難…「引退」した世界的登山家は“山のない日々”をどう過ごすのか 

text by

中村計

中村計Kei Nakamura

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photograph byMasatoshi Kuriaki

posted2021/01/30 17:06

植村直己、星野道夫と“同じ”43歳で遭難…「引退」した世界的登山家は“山のない日々”をどう過ごすのか<Number Web> photograph by Masatoshi Kuriaki

1997年のデナリ(マッキンリー)で栗秋が自身で撮影した写真

栗秋 3歳からピアノを始めて、8年間、やってはいたんです。でも、そこからはまったくやっていなくて。でも今は1日中、弾いていることもあります。山へ行けない時間を埋めてくれましたね。ショパンの『革命のエチュード』という難易度の高い曲があるのですが、脳が成長しているのか、練習したら弾けるようになりました。30年以上もブランクがあって、弾くような曲ではないんですけど。でも、弾いていると、気持ちがアラスカに飛ぶんです。これはブリザードが吹いているときだとか、ブリザードの間に訪れたつかの間の晴れ間だとか。こうして山の経験が違うところに生きるものなんだなということに初めて気が付きました。

「もう命を削る登山はいいかな」

――今も登山はしていることはしているのですか。

栗秋 近所の三日月山(福岡県福岡市と久山町の2市町にまたがる標高272mの低山)に家族で登るくらいですね。

――もうスケールの大きな登山はやらない、と。

栗秋 命がけの……ということはないと思います。ここまで生かされたのだから、もう命を削る登山はいいかなと。コロナの流行がダメ押しになりました。2020年はデナリの登山が中止になりました。今年はどうなるんでしょうね。コロナがなかったら行こうと思っていたわけではないのですが、来年、コロナが明けて行くとなると、もう49歳ですからね。さらに老化が進みますから。これは何かのお告げなのかと思っています。

――これを機に就職しようとか考えたことは?

栗秋 残業の日々を送る大学教員の妻の希望もあって、当面の間は、兼業主夫のままでいいと思っています。ありがたいことに講演の依頼や執筆の依頼もいただくことがあるので、細々とではありますが、自分の経験を人に伝える活動はしていきたいなと思っています。ただ、みなさんも登山をやってみてください、みたいなことは言いたくない。いつかどこかで、ふと、あんなことを言ってる人がいたなと思い出してくれればいいと思っています。

――それにしても素敵なお家ですね。自然素材でつくられていて。子どもが大喜びしそうな空間ですね。

栗秋 2014年に引っ越したんです。2016年、初めて救助されて帰って来たときには、庭の緑が違って見えました。春先のアラスカの緑も見ていたんですけど、家の小さな緑の方がしみじみとしてしまいました。ここを設計してくれたのは、じつは高校時代の同級生なのですが、その彼が、上棟式のとき「とても居心地のいい家なので、クリ(栗秋)がアラスカの厳しい自然に行きたくなくなるんじゃないかと心配しています」とあいさつしてくれたんです。その通りになりましたね。この家の居心地のよさに身を浸していると、わざわざ厳冬期のアラスカの山に行くことが信じられなくなってくるんです。よくあんなところへ行ってたな、と。人として、おかしいんじゃないかって。それは冗談としても、この家で子どもたちの成長を眺めているうちに、山はもういいんじゃないかと思えましたね。

【初回を読む】「雪崩で行方不明の可能性も」冬のアラスカで”遭難”して…ある世界的登山家が「引退」を決断した瞬間 へ)

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#栗秋正寿

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